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ぼくの天文台 粥塚伯正
 むかし、むかし、平の駅前に「西武」があった。確か、ぼくが5、6歳のころだと思う。始めて乗るエスカレーターに頬を紅潮させ、何度も乗り降りした記憶がある。エスカレーターを昇った記憶は残っているが、降りていった記憶がないから、昇りだけだったかも知れない。でも、そのエレベーターは、天上へと永遠に続くように思われた。
 エスカレーターに乗ったときの高揚は、数年後親に東京に連れて行ってもらい、デパートの屋上から東京の街を見渡したときの気持ちによく似ていた。そして、始めて食べたチョコレートパフェ、そして始めて飲んだコカ・コーラ、そして沢山の懐かしいものたちが今になって身体のなかから、ぽつりぽつりと語りだし、その言葉たちに耳を傾けることがしばしばある。

 今、平の駅前に『ラトブ』がある。そしてその建物の下には、かつてぼくが鬼ごっこをしたり、罐蹴りをした細い路地路地が隠れている。消えてしまった数々の路地の上に建った『ラトブ』の図書館にぼくは本を借りにくる。
 かつてそのあたり、30メートル通りからヤマニ書房と藤越の間の細い路地を入るとすぐに、野菜をいっぱい積んだリヤカーがいつも置いてあった。そこで行商をしているおばさんはいつも頬かぶりをしていて、遠くからリヤカーを押してやってきた。この路地は今は消えてしまった。
 通りすぎながら左の細い路地に入ると、古本屋があった。ここで「ガロ」を買い、つげ義春を知った。古本屋のおやじさんは「ガロ」の版元の青林堂の長井さんによく似ていた。初めていったとき、おやじさんは練炭火鉢に手をかざしていた。おやじさんは練炭火鉢のようだった。そしてこの路地も消えてしまった。
 そのまま真直ぐ進み、突き当たりを右に曲がると「鳥留」。店の奥のほうから鶏の聲が聞こえてくる。むかし「鳥留」の路地は細かった。でも今は見事に膨れあがり、あたりの風景がすっかり変わってしまった。
 この路地は残り、緩やかにそして激しく呼吸している。
 そして、突き当たったところ、本籍・平字二町目三七番地。ぼくの誕まれた場処、いまはビルが建っている。
 子供のぼくでも立っているかと思い眼をこらしても、もう何も見えない。


           *

  今回の『ぼくの天文台』が最後です、長い間有難うございました。
(詩人)





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