いま、環境問題が騒がれている。実はフタバスズキリュウが生きていた中生代の白亜紀に地球がヒートする自然現象が起こった。無酸素事件。炭酸ガスが充満し、南極にも北極にも氷がない状態になった。陸上から有機物が流れ、この時代に石油の原料とも言える物質がつくられた。
ところが現代は炭酸ガスを放出して地球温暖化を招いている。全くの逆。それは8900万年前のことで、地球温暖化現象を学ぶには地質自体から学ばなければならない。
小さいときから科学が大好きで、小学生のころには『スペースオペラ』というSF小説に夢中になっていた。そして中学に入り、古本屋で見つけた『あぶくま山地東縁のおい立ち』(柳沢一郎著)など地元の地質関係の本を読んで、双葉層群の地質や化石に興味を持つようになった。
だれでもそれぞれに覗いてみたい窓を持っていると思う。わたしの場合は、白亜紀のいわきだった。それを知るには化石の発掘しかない。フタバスズキリュウの発見前は、海にいた生物の化石しか発見されていなかったから、白亜紀のいわきの窓からは、そうした生物の姿しか見えなかった。それが、フタバスズキリュウの化石の発見で風景が一変する。そこに、クビナガリュウが現れたのだから。
さまざまな面から見て、発見の意味は大きいと思う。まず、全体の70パーセントがほぼ完全なかたちで見つかったこと。それは日本で初めてだった。そうしたこともあってか、ドラえもんの劇場映画第一作「のび太の恐竜」にフタバスズキリュウが登場した。国立科学博物館百年記念切手の図柄にも採用され、日本で一番有名な化石になった。
「化石からは太古のロマンを感じる」などという人が多いのだが、自分自身、化石から教えられるのは「人間は命のバトンリレーをしながら生きてきた」ということ。社会とは、そうして命をつないできたものたちによる運命共同体なのだから、心を持った人として生きる必要があると思う。
いわき市アンモナイトセンターの主任研究員として入館者に化石について説明し、体験発掘などを通
して、子どもたちに化石が持つ意味や、化石からのメッセージなどを伝えている。先日講演に呼ばれ、その席で「将来は古生物学者になりたい」という子がいたが、若いときは何にでも興味を持ち、多様な考えを持ちながら努力して行くのがいいと思う。
紆余曲折をしながら自然と自分の進むべき道が決まっていくはずで、最初から「これ」と自分をがんじがらめにする必要はない。短絡的に小さな窓から世の中や自分の将来を主観的に見るのではなく、大きな窓から客観的に見て夢を持つこと、自分自身が見た世界を大事にすること、が必要ではないのか。
「フタバスズキリュウの発見によって人生がどう変わりましたか」という質問は好きではないが、確かに化石発見が、人生のなかで大きなターニングポイントをつくってくれた。発見したこと自体が、生きている証になった。フタバスズキリュウは、いわきにとって数少ないオリジナリティーを持ったもので、郷土愛にも通
じる。これを生かさない手はないと思う。
これからも双葉層群の発掘・調査をライフワークにして、古脊椎動物にこだわっていきたい。
|