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桐蔭学園捕手 土屋 恵三郎さん
 桐蔭学園の監督になって24年目のシーズンを迎えた。桐蔭はこれまで春・夏合わせて11回甲子園に出場しているが、土屋さんは選手として1回、監督として10回(春・夏5回ずつ)甲子園出場を果たしていて、「桐蔭野球部の象徴」とも言える人だ。
 磐城―桐蔭の決勝戦。7回に決勝のホームを踏んだのが土屋さんだった。自ら3塁打を放ち、峰尾の当たりが右中間を抜けるのを見届けて、拍手し、万歳しながらホームインした。するとゲーム後に、全国高野連会長で「天皇」と呼ばれていた佐伯達夫会長に「高校生らしくない」と注意された。そういう時代だった。「その瞬間は、ただただうれしくってね。素直に出ちゃったんだよね」と苦笑いした。

 高校で全国制覇を経験し、法政大に進学。六大学野球からノンプロ(三菱ふそう)へ進み、28歳まで現役でプレーした。そのあと母校に戻り、監督として後輩たちを指導している。
 激戦区・神奈川には強豪がひしめいている。しかも、リトルやシニア、さらに中学野球など、さまざまなルートを通って高校に入ってくる。だから自己流も多いし、レベルの高い子もいる。そうしたなかで、きちんと約束事を決め、桐蔭の野球ができるようにしている。それはまず、基本の徹底、世間に通じるあいさつ、そしてスタンドプレー・パフォーマンスの禁止。こどもたちは人の目を意識し、見せようとしてガッツポーズなどをする。それが、心の奥底から自然に出たものならいいが、意識してやったものでは決してプラスにならない。「野球を通して心技体の充実を図ること」が目的だから。
 近年、保護者が選手起用などで口を出すことが多くなった。小さいころから親が子どもを追いかけ、一緒に野球をしていることが多いからだが、それはチームにとってプラスにはならない。だから、最初に「自分を信頼して、指導法や選手起用法については口をはさまないでほしい。すべて自分が責任を取る」と言うようにしている。
 選手たちは寮に入っているから、すべてが監督の責任になる。さまざまな悩みが押し寄せ、夜中に目を覚ますこともある。そうした日々のなかでよくしているのは、あの決勝戦のビデオを見ること。土屋さんの野球生活は、すべてあそこから始まった。壁にぶつかると必ずあのビデオを見て、当時を思い出した。「打てなくても守れば勝てる」。それを教えてくれた試合だった。あれが原点だった。
 きびきびしていて、しつこく繋いできた磐城の野球。前の日の夜は打者1人ひとりのデータをチェックし、どう攻めるかを考えた。しかし、磐城ナインは実にねばり強く、食らいついてきた。あの日、スタンドのほとんどは磐城を応援していた。最後の阿部の打球。1塁側のファウルゾーンにフラフラと上がり、自分が取ったのだが、スタンドは「落とせ〜取るな〜」の大合唱だった。

 シーズンオフには中学回りや進学の面倒も見る。だから、監督になってからはあっという間の出来事だった。いまの子は調子の波が短い。いい調子が持続しない。それが難しい。これまで最高の成績は全国ベスト4。経験した全国制覇までは行き着いていない。いいチームだと思ったら故障者が出たり、調子が落ちているのに初日が試合だったり、となかなか思うようにいかない。かつては、強豪と早く当たると「ついてない」と思ったが、最近は、横浜や東海大相模など、いいチームと力を出し切って戦うことが楽しい、という。

 土屋さんは名前でわかるように3男。兄2人も高校野球をやっていたが、甲子園には届かなかった。
 表彰式で副主将だった土屋さんは、優勝盾を受けた。そのとき、スタンドにいた父と2人の兄は、その晴れ姿を見ながら、土屋さんと同じように気をつけをして礼をした。「みんなの願いが自分のところに来ちゃったんですよ」。土屋さんがさわやかに笑った。



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