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田人の奥の森への入り口近く、四時川の西の岸に古い小さな家がありました。住人はなく藪に覆われ、年老いた倒木のように自然と同化しつつある家でした。ノブキはその家との巡り会いを「偶然の重なり」と説明しますが、たぶん川に魅せられてのことでしょう。魚座のノブキは大の釣り好きで、東京に住んでいた六年前まで、毎週、奥多摩に出かけていたのですから。
ノブキに言わせると、田人の川には抱いていた川のイメージが全部ある、のだそうです。ドジョウやメダカを網で掬った子供のころの川の実感もあります。釣ったヤマメを入れた魚籠の下にひょっこり現れるイタチ、川辺のえぐれた場所でじっとしている怪我したキジ、黄色みを帯びた美しい山鳥。釣り竿を持ちながら、ノブキは川や森とのインスタレーションを楽しみます。
20センチ以上の釣った魚はちゃんと食べることにしています。人間の行為の集積が社会なら、魚を釣る行為にも決してきれい事だけじゃないドラマがあるからです。現代の人工物を素材に複雑に絡み合った人間の行為を表現し、問題を提起するノブキらしい言い分です。
でも自然は人間の行為以上に複雑で、もっと過激にドラマチックです。川辺の家に住んで、ノブキは多くの発見をしています。感覚は研ぎすまされ、日常の目的も変化してきました。月に4日ほど仕事で東京に出かけると、早く田人に帰って釣りをしたいと思うのです。
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