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いわきの図書館を大きくする会会長 鈴木 一さん  
 新しい独立図書館をつくる市民運動を始めて25年、新しい図書館ができてほっとしています。
 昭和57年に、元中央図書館長の松本周司さん、『6号線』代表の蓬莱信勇さん、図書館司書の玉手匡子さん、長橋病院長の鈴木将夫さん、そして県立図書館長を経験したわたしで、準備委員会をつくりました。
 いわきには6つの図書館がありましたが、公民館の間借りで、館長も兼務でした。「これはなんとかしなければならない」。そう思ったからです。小名浜の加藤香風さんは「図書館は二階の奥にございます」と川柳を詠んでいます。
 そして翌年、いわきの図書館を大きくする会を発足させました。会の名前は随分考えましたが、新しい独立図書館をつくろう、いまある図書館を充実させよう、という大きな2つの目的がありましたので、そのような名前をつけました。初代会長は鈴木将夫さんです。
 ちょうど田畑金光さんが市長の時代で、以来、市長が変わる度、中田武雄さん、岩城光英さん、図書館建設計画が固まった四家啓助さんまで、市議会議長、市教育長を含め、新しい図書館の建設や図書館の充実などを陳情してきました。
 細かいことも陳情しましたね。開館時間の午後7時まで延長や日曜開館、ある図書館で借りた本を別の図書館で返却できるシステム、1枚の図書カードでどの図書館でも借りられるようにするなど、いろいろです。
 それから、あちこちの図書館の見学にも出かけましたし、図書館長などを招いて講演会も開きました。一番印象に残っている図書館は千葉の浦安市中央図書館です。昭和58年の開館当初から、市民が利用しやすい図書館の方針を貫き、本の宅配制度や司書の対面朗読、図書館への送り迎えなど、徹底したサービスをしていました。
 子どもの本の講座、絵本原画展、文学散歩、朗読講習会、読書会入門講座など、図書館が市民の生活にとけ込んでいました。図書購入費もかなり予算を取っていましたし、当時の市長も「図書館は人」とおっしゃるのです。
 いわき市民へのPR活動に、七夕まつりに古本まつりをしました。平均で30万円ぐらいの売り上げがあったでしょうか。そのなかから10万円は図書館に寄付していました。会員の年齢が高くなってきたこともあって、古本まつりは数年前にやめました。
 いわき総合図書館は、わたしたちの理想に近い図書館になったと思います。独立の図書館をお願いしていましたが、まちなかに独立図書館を造るには、駐車場を含めた土地の問題や費用のことがあります。
 建物はできたので、あとは運用です。それには司書職員を増やしてほしいです。カウンターで貸し出しなどをするだけでなく、見えない裏側での仕事がたくさんあります。新しい図書館には、生きた資料を備えてもらいたいです。10数年前になりますが、郡山の図書館に行ったら、新聞の切り抜きの資料を作っていました。例えば、いわき市誕生、常磐炭鉱などのスクラップも各新聞の日々の切り抜きがまとめてあります。
 郡山の図書館は戦争さ中の昭和19年に誕生しました。空襲があるなかで、オープンしたのです。そして全県の生の資料を作っています。いわきの図書館は戦後、社会教育のなかで造られたもので、市民の必要性からではありません。
 建物だけは郡山に追いつきましたが、中身はこれからです。図書館で記録し、生の情報資料を作ってほしい。そのためには人がいる。市民の要望に応じ、市民より一歩先んじた図書館であってほしい。これから、地区図書館をもう少し増やしたい。



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