552号
2026年2月28日

戦争をしない国であり続けるように
会津若松で生まれ育った渡部菊二(本名は菊次)の「戦国の少年」。昭和18年の白日会に出品した1点で、その年に同一人物と思われる少年が白い防空頭巾をかぶり、右手に軍人が描かれた凧を持つ「防空頭巾」も制作している。翌年にはジャワの女の子が日の丸を掲げた「ヒノマル」を描いた。
それらの作品は現在、郡山市立美術館で開かれている「戦後80年 戦争と子どもたち」展(3月22日まで)に展示されている。日中戦争が始まった昭和12年から敗戦後の占領下にあった昭和24年の間に制作された、子どもたちの姿を表した作品を集めた展覧会で、その時々の日本の状況が作品から伝わってくる。
「戦国の少年」が描かれたころ、日本はすでにアメリカ軍から本土への初空襲を受け、ミッドウェー海戦で大敗。さらにガダルカナル島からも撤退し、アッツ島の戦いも全滅、兵力不足を補うために学徒出陣が行われ、戦局が悪化するなか、日常生活の隅々まで戦時体制が浸透していった。
明治40年生まれの菊二は会津中学時代、野球部に所属するとともに美術同好会にも参加し、図画教師の半沢松吉の指導を受けた。のちに水彩連盟をいっしょに結成した春日部たすくとも出会った。卒業後は小学校の教壇に立ちながら中央の展覧会で水彩画を発表。昭和8年、春日部の仲介で東京の小学校に職を得て上京し、画家として本格的に活動を始めた。
水彩画特有の明るくやさしい色彩で単純化された形を描き、「水彩画のモダニスト」と称された。昭和11年に水彩画仲間で函館市出身の池田百合子(本名はユリ)と結婚。この時すでに結核にかかっていた。13年には会津若松市から、白虎隊の精神に感銘した当時のイタリア首相のムッソリーニから贈られたローマ古柱(飯盛山にあるイタリア記念碑)への返礼品の絵「白虎自刃之図」の制作を依頼され、2年かけて完成させた。
翌年、大阪で文楽を観て、そのころから和服を着始め、三味線を習い、浮世絵を集めるなど日本的なものを好むようになった。「戦国の少年」を描いた年に徴用令書を受け取り、徴用検査を受けたが不合格だった。昭和20年5月、会津若松の東山の旅館に疎開。1年後、病状が悪化して床に伏すようになり、昭和22年4月、帰らぬ人となった。40歳だった。
「戦後80年 戦争と子どもたち」展を見に出かけた2月18日、特別国会が召集され、首相指名選挙で自民党の高市早苗総裁が第百五代首相に選ばれ、日本維新の会との連立政権である第2次高市内閣が発足した。2日後の施政方針演説で高市首相は憲法改正にふれ、国会における発議が早期に実現されることを期待する、と言及した。
2014年に特定秘密保護法、2016年には集団的自衛権の行使を限定的に容認する安全保障関連法(安保法制)が施行され、いま、殺傷能力のある武器を含めた輸出を解禁しようとしている。この通常国会では、刑法に日の丸を傷つける行為を処罰できる国旗損壊罪の創設を目指している。またスパイ防止法の制定に向けた議論を開始するほか、非核三原則の見直しも浮上している。
いまが戦前にならないように。
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