日々の新聞

437号
2021年5月15日

扉を開けてどこかに行こう

 震災・原発事故から丸10年の今年の3月11日、双葉郡富岡町にMOCAF(モカフ)(Museum Of Contemporary Art Fukushima)が誕生した。入り口の回転扉だけがあるミュージアムで、その扉を通ったあと、世界への視点が少し変わることを願ってつくられた。

 原発事故後、避難して横浜で暮らす小貫和洋さん(73)は2017年ごろ、知人でアートディレクターの緑川雄太郎さん(37)に富岡町の店舗兼住まいの自宅を解体した跡地を「なにか町のために利用できないだろうか」と相談した。
 小貫さんの頭になんとなく浮かんでいたのは、鴨長明の終の棲家となった京都市伏見の日野山の奥にあったとされる方一丈(3m四方)の方丈庵だった。「方丈記」には3.11後の自分の境遇と重なる部分がいくつもあった。「柱四本でも立ててみたい」と思いを話すと、緑川さんから「扉」のアイディアが飛び出した。
 そのころ緑川さんは、自身のなかにあった「もし、コンテンポラリー・アート・ミュージアムが福島にあるとしたらどうなるか」という問いについて考えを巡らせていた。すでにMOCAFの名も現れていた。小貫さんと話し合いを重ね、ミュージアム=回転扉の発想が生まれた。

 原発事故が起きて富岡町の人々は、ほかの双葉郡の住民と同様に避難を余儀なくされた。2017年春、富岡町は一部を除いて避難指示が解除されたが、4年経ったいまでも町に戻った人は1割にも満たない。
 小貫さんは2019年の暮れ、中央商店街通りに面した住み慣れたわが家を取り壊し、240坪の空き地ができた。そこに緑川さんはMOCAFの案内と、木製の白い回転扉を作った。「帰りたいけれど帰れない問題」が10年続いているなかで、MOCAFに来て回転扉を回し、その時になにかが変わったらいい、と思った。
 3月11日午後2時46分、黙祷のあと、テープカットをしてMOCAFが開館。訪れた人たちは回転扉を回し、思い思いに過ごした。午後4時、閉館して回転扉は解体され、それを使って鎮魂のたき火をした。
 回転扉を回した先は、人によってそれぞれ違う。小貫さんは、変わりゆく商店街のかつての記憶が少しよみがえった。もう一度、自分が生まれ育ち、暮らしたこの場所を見つめ直し、回転扉が灰色のまちではなく将来、みんなが住んでみたいと思う未来のまちのドアに思えた。
 この10年の間に小貫さんは「どこにいても故郷は日本」という思いを持った。ふるさとの富岡を思いつつそういう目で見たいし、日本中の人々にもそういう目でみてほしい。それが小貫さんの願いという。
 
 いま、小貫さんの自宅跡地にはMOCAFの案内と、回転扉のコンクリートの基礎があるだけ。「ミュージアムのMOCAFはずっとあるけれど入り口がない」と緑川さんは説明する。理想は毎年、3月11日に扉が開き、1時間14分の開館後、たき火をして終了。来年以降の開館は未定だが、もしかしたらまた3月11日、どこか別な世界に行ける回転扉が現れるかもしれない。(9面に関連記事)

 特集 震災を表現する