日々の新聞

453号
2022年1月15日

2022年1月1日午前6時50分 いわき市折戸

 2022年の初日の出は、雲の合間から厳かに顔を出した。いわきの海沿いはうっすらと雪化粧していて、思ってもみなかった正月になった。ワクチン接種などでいったんは感染者が減ったコロナ禍も、オミクロン株の出現で、また先が見通せなくなった。変異し続けるウイルスとの闘いはまだまだ続く。

 1月5日、いわき市役所で内田広之市長の新春記者会見があった。昨年9月に就任して3カ月。正直なところ、目を見張るような変化は見えないし、わくわくするような期待感までは至らない。市民の多くも「じっと目を懲らして見ている」ということだと思う。
 8年続いた前の市政にNOを突きつけた市民の期待は、内田市長がどういうビジョンを掲げ、どんな方法で市民とともに歩んでいくのか、ということだった。そういう意味で注目された特別職人事だったが、既存の枠から出ることができなかった。さらに教育長を続投させ、その理由も明確にしなかったことも期待外れだった。しがらみを打破し、リスクを背負ってもいわきを変える、という覚悟が感じられなかったのである。
 年頭所感は「人を育み、まちを育む~『人づくり日本一』を目指して~」を表題にした。そして「過ちて改めざる これを過ちという」という孔子の言葉を引用し、「職員は改革のエンジン。一番避けなければならないのは過ちを恐れて何もしないこと。失敗を恐れずにチャレンジする職員を増やし、さまざまな人づくりと取り組んでいく」と説明した。4月には副市長を中心に構造改革推進本部を立ち上げ、スクラップ・アンド・ビルドの検討に入るという。
 内田市長にとって「おおむね100日」と言われるハネムーン期間が終わった。これから予算、人事で自らの考えをどう具現化していくのかが注目され、海洋放出問題での対応が試金石になる。「関係者の理解を得ていないというのに、相談も説明もないまま方針が発表され、作業が進められている。断固抗議していく」と言うのだが、問われるのはポーズではなく本気度だろう。この問題は決して漁業者だけの問題ではなく、消費者問題でもある。いわき市民の代表として国や東電ときちんと対峙して壁になれるのか、それが信頼の分かれ目になる。

 東日本大震災と原発事故、さらにこの10年で思い知ったのは、国の方針や言葉はうわべだけで真実味も温かみもなく、1度決めたらそのまま押し通すということだった。だから地域紙としては、市民の立場で問題点を指摘し続けなければならない。
 まず、神経質なほど「処理水」という表現にこだわる国の姿勢は、どう考えてもいぶかしい。しかもその理由を風評被害という実態のない言葉で煙に巻き、真実を覆い隠してる。いくら処理しているとはいえ、トリチウムを含む複数の放射性核種が取り除かれていない以上、汚染水だろう。危うい言葉のごまかしに屈してはいけない。
 
 去年今年
 貫く棒の如きもの
 
 高浜虚子の気迫に満ちた力強い句。国民や市民一人ひとりが長いものに巻かれることなく、「貫く棒の如きもの」にならなければならない。

 

 特集 山口弥一郎と岩手