日々の新聞

551号
2026年2月15日

   戦争が首相のうしろに立っていた

 福島県立美術館で若松光一郎さんの絵を見た。印象深かったのは1960年に描かれた「出漁前」(油彩)とその下絵(コンテ)。具象から抽象に移行しようとしていた時期の作品で、網をつくろっている漁師たちの姿が簡潔に、印象深く表現されている。
 おそらく小名浜港だろう。あのころは漁業が産業として健在で、遠洋の北洋サケマスやサンマ漁、巻き網漁、近海の底曳き網漁などが盛んだった。漁港にはイワシやアジが野積みされ、道路には満載のトラックからこぼれ落ちた魚が散乱していた。それもあって港付近はいつも、潮と魚の生臭さが混じった臭いが漂っていた。
 それから200海里問題があり、原発事故による放射能漏れが起こって、貯まっているALPS処理汚染水の海洋放出が強行された。広島で核の脅威を体験した若松さんが生きていたらおそらく、顔を真っ赤にして憤っていたと思う。
 若松さんは1944年(昭和19)8月、陸軍船団通信隊(暁部隊)の一員として広島市南区の宇品(広島湾に浮かぶ小島)に配属になった。そして昭和20年の8月6日、爆心地から約4・8㎞のところで被爆する。直接の被害は免れたがその一週間後、被災地の後片付けに駆り出されて、焦土と化した広島を目の当たりにした。
 若松さんの人生を取材したときに、当時の広島でのことを聞いたことがある。その瞬間、空がピカッと光り、まるでマグネシウムの閃光のようだったこと、広島市内は瓦礫と死体であふれ、それを焼く異臭が充満していたこと…。そして「景色はどこも灰色で、人まで灰色に見えた」と回想し、「当時の光景がよみがえってくるので話したくない」と口をつぐんだ。広島のことを描いた「碑H」は濃厚な茶色の画肌が特徴的な作品で、「H」は「HIROSHIMA」の頭文字。さらに「鎮魂の碑・T氏の霊に捧ぐ」というタイトルのものもある。
 その後、若松さんは反戦平和や生命賛歌を心の拠り所にし、自然や宇宙の営みを音楽に乗せるようにキャンバスに表現し続けて1995年11月7日、81一歳で亡くなった。そのときに若松さんを天国に誘ったのは、チェロ奏者、パブロ・カザルスが好んで演奏したスペイン・カタルーニャ地方の民謡「鳥の歌」だった。若松さんは最期まで平和を願い、戦争や核兵器を決して許さなかった。

 衆議院選挙が終わり、自民党が圧勝した。かと思ったらすぐにでも、「安全保障三文書の前倒し改訂」「スパイ防止法の制定」「対外情報局の新設」「日本国国章損害罪」などに進んでいく気配だ。おそらく高市早苗首相は3分の2を獲得した議席を背景に、危うい道に国民を巻き込んで行くのだろう。
 「戦争が廊下の奥に立つてゐた」という渡辺白泉の句がある。戦火が拡大しつつあった昭和14年の作で、それを「折々のうた」で選んだ大岡信は「わが家の薄暗い廊下の奥に戦争がとつぜん立っていたという。ささやかな日常への凶悪な現実の進入、その不安をブラック・ユーモア風にとらえ言いとめた」と解説した。
 選挙大勝を受けて開いた記者会見。確かに、戦争が首相のうしろに立っていた。

 特集 海のはなし 魚のはなし

 


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黒田征太郎さんのオリジナルカレンダーです。
いつものように大きさは縦、横ともに18㎝。2026年のカレンダーはぬりえになっていて、それぞれが好きな色をぬって自分のカレンダーにします。もちろん土曜と日曜、祝日もです。毎月の絵はその月の数字がモチーフになっています。

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※なお、振込手数料とATM手数料は購入者が別途負担となりますのでご了承ください。

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