522号
2024年11月30日
まちがたり Knuckle Caféのはなし
カフェだけでなく交流空間でもある
Knuckle CaféのKnuckleは「なっくる」
と読む。代表の舘敬さん(72)が勿来関跡の近くにある国民宿舎勿来の関荘だった建物を借りて、2019年10月に始めた。勿来の語源「来る勿れ」を「来て」の意味に変えて「なっくる」と名づけた。
その、なっくるのレジのそばにいま「12月末でこの施設から退去し、いわき市に返却することとしました。具体的な移転先は決まっていませんが、いずれかの場所で継続していきます」と、お知らせの紙が張ってある。
舘さんは若いころ、自動車電装品整備会社を営みながら青年会議所の活動もして、1999年にまちづくり団体「勿来ひと・まち未来会議」を設立。2006年に創設されたNPO法人勿来まちづくりサポートセンターにもかかわり、現在は理事長となり、ずっと勿来地区のまちづくりをしてきた。
震災後は、いわきの海水浴場にライフセーバーを配置してほしい、という活動を始め、いわき市に要望書を提出した。2018年に配置が決まると、次世代に日本一きれいで安全・安心して親しめる海環境の継承を目的に、いわきサーフライフセービングクラブを立ち上げ、地元でのライフセーバーの育成に力を入れた。
講習のために日本ライフセービング協会が派遣してくれるライフセーバーたちの宿舎になればと考え、2019年4月に勿来の関荘だった建物をいわき市から借りた。1978年に開館した勿来の関荘は利用者が減少して2015年に休館、2年後、廃止となった。その後、いわき市は廃校になった校舎と同様に、利活用する事業者を公募していた。
敷地には雑草が背丈まで生え、ひどい状態だったが、屋上からの眺めがとてもきれいだったという。舘さんは借りた後に家賃を支払わなければならないことに気づき、日銭を稼ぐために始めたのが、なっくるだった。米作りもしている舘さんは、晩酌の肴にぬか漬けを作っていた。それで「発酵食カフェをやろう」と思いついた。
しかしオープンから2カ月も経たないうちに、中国・武漢で新型コロナウイルスの感染者が出て、日本でも翌年春には感染が拡大し、全国で緊急事態宣言が発令された。なっくるも4月から営業を自粛。その後もお客さんが来ない状態が続き、舘さんは何度も閉めようと思った。しかしその度に「もう少し頑張れ」と言われているようにいい知らせが舞い込み、本を買って本気で発酵食の勉強をした。
そこでわかったのは、発酵食を作るには発酵調味料が必要だということ。スタッフたちと試行錯誤して、8種類の発酵調味料を作った。その調味料に漬け込んだ肉や新鮮な旬の野菜をふんだんに使って、発酵づくしのごはんを提供。発酵米の米粉のロールケーキやシフォンケーキ、甘酒、ヨーグルトなども作っている。
ずっと低迷していた売り上げは、今年の春ごろからお客さんの数と比例してぐっと上がってきた。このところはミドルシニアの男性がカウンターで1人、外を眺めながら食事をする姿や、発酵調味料に興味を持つ女性たちが目立つ。東京などでの発酵調味料のワークショップの依頼も増え、なっくる=発酵食が少しずつ浸透している。
ところが建物の老朽化に伴って、光熱費が最初のころの三倍ほどかかるようになった。なかでも水道代が大変で、漏水や宿泊客の蛇口の閉め忘れで多額の使用料を払ったこともあったが、この夏には185000円の請求書が届き、水道業者に調べてもらったものの原因は特定できない。電気代も特別高圧で、原油高もあって初めのころの倍近くになっている。
持ち主のいわき市に相談しても「現状のまま(修繕はしない)という約束で貸したので」と言われた。舘さんはみんなが頑張って働いてくれているのに、これ以上、無意味な経費は使いたくないと考え、やむなく移転を決めた。コロナ以降、宿泊客はあまりなく、9月に宿泊業はやめた。
なっくるは発酵カフェだけでなく、交流空間でもあり、自然とふれあいながら、さまざまな人たちが好きなことをしている。常連客グループが「この場所をなくさないで」と、いま署名を集めている。市に返却すれば建物は壊すことになるだろう。「建物の一階だけ借りられれば」と舘さんは言う。すぐに移転先が見つからなくても、発酵食はやめない、と。
特集 中間貯蔵施設を見学に行く |
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