オンブズマン

 紙面を読んで From Ombudsman447 

 

画・松本 令子

 

 広重 省一

 私はこのたび東京での生活に終止符を打ち、宮城県多賀城市(実家)に移住した。人は〝隠居〟だと笑うが、コロナ禍を戦争に例えれば、ある意味で「疎開」したのかもしれない。
 いわきに生まれ19年。逃げるように東京へ。全共闘運動の余燼のくすぶりに当たり、煮え切らないまま就職しそのまま51年。またも逃げるように東北へリターン。戊辰の戦いに敗れ、北へ北へ敗走する東北の下級武士のごとく。
 私の住む多賀城は、皮肉なことに大和朝廷が東北の先住民を「蝦夷」と蔑(さげす)み、「征夷」の最前線基地として築城された所で、呰麻呂(あざまろ)や阿弖流為(あてるい)と攻防戦を繰り広げた所である。即ち東北差別・支配の原点である。
 444号でも特集された若松丈太郎さんの遺作となった詩集「夷俘(いふ)の叛逆」で、氏は自らを「東北の土人」、「地人の夷狄(いてき)」と居直り、蝦夷の心に寄り添い、明治官軍が〝白川以北一山百文〟と蔑視し、東北を国内植民地として労働力と食料・電力の供給地に追いやり、挙句の果てに原発汚染で棄民し続けるヤマトを糾弾する。
 私も東北を終の棲家と心に決め、周縁から中央を見つめ直し、同じ東北の「いわき」を注視していきたいと思う。
 「東京の中の〈東北〉、東北の中のさらなる〈東北〉。世界に遍在する〈東北〉。〈東北〉は膨張してゆく。それならいっそ、東北から、この〈辺境〉からはじまればいい。
 右肩上がりの宴のあとで、人間の基本的な暮らしの中に立ち返る時なのだろう。」
(赤坂憲雄・小熊英二編著 「辺境」からはじまる 東京/東北論 第八章「〈飢餓〉をめぐる東京/東北」 山内明美 より引用)
 モネも東京から気仙沼にリターンしたっけ。

(宮城県在住)

 

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