紙面を読んで From Ombudsman | 414号 |
藁谷 和子
佐藤 明子
届いたばかりの日々の新聞の、コロナ関連の記事が中心の中にも、勿来の関を訪れた歌人たちの特集が組まれていて、久しぶりに長塚節の世界に浸りました。かはづ、四十雀、馬追虫、きりぎりす、ちひさき虫への慈しみに溢れた歌が載っています。純一無垢な長塚節の精神から紡ぎ出された歌は、災厄によって緊張を強いられている今、言葉の優しさと美しさで慰撫してくれるようです。
朝起きて階下に行くと台所のシンクの中にハサミ虫が1匹、ステンレスの壁を登ろうともがいていました。普段なら叫び声をあげるところ、今日はコロナ禍の傷ましいニュースと長塚節の言葉で敏感になっているせいか、無益な殺生はすまいと庭に放しました。調べてみるとハサミ虫のあの姿形から害をもたらす虫かと思ったら毒はなく、小さな虫を食べてくれる益虫だということ。子育てに熱心で飲まず食わずで卵を守り育て、最後は我が身を子の餌として提供し一生を終えるという、慈愛に満ちた珍しい昆虫だと分かりました。
長唄に秋の色種アキノイロクサという名曲があり、その中に三味線の虫の合方という曲調があります。松虫のチンチリリンを虫笛と合わせながら秋の庭の風情を表現しています。虫の音を「声」として認識できるのは日本人とポリネシア人だけだそうです。人間の脳は左右に分かれていて、音楽などは右脳、言語などは左脳がそれぞれ掌っていて、右脳でしか虫の音を捉えられない人達には雑音騒音でしかなく、左脳で聞ける民族には「声」として捉えられるということです。母音語族の繊細な感性によるものだそうです。騒音なら耳を塞いでも、声なら耳をそばだてて聴き、楽しむ感覚も生まれましょう。
秋の色種は南部侯三十六代佐竹利敬公の作詞とされ、作曲は十世杵屋六左衛門。松の虫の声ぞ~虫の合方~楽しき~うつし心に花の春、月は秋かもほととぎす。武蔵野の面影残す南部藩下屋敷の庭の四季の美しさを謳った長唄です。
日本人の優れた感性によって長年培われた美しい音の世界を、これからも残していきたいものです。はてハサミ虫はチョキチョキ鳴いていたような。
(篠笛いわき濤笛会々長 山口華鏡)
そのほかの過去の記事はこちらで見られます。