紙面を読んで From Ombudsman | 418号 |
藁谷 和子
岡部 兼芳
先日、大阪市中央区にある「船場センタービル」の50周年を記念して作られた短編アニメ『忘れたフリをして』を視聴した。原作は漫画家の町田洋。彼は自身が患った「うつ病」をこの作品のテーマとした。ビルは、そのきれいな外観とはうらはらに、50年前から変わらぬ内装が積み重ねられた歴史を感じさせる。テナントは開店時間もそれぞれに、お客もまばら、ビルというより1つの町のようだという。
取材で通った4日間の中で作者は、働く人の美しさ、行き交う人々の重ねる当たり前の毎日を目にし、この場に、ある思いを感じていたそうだ。「みんな幸福になってくれ、お願いだ」。それは、作者のうつ病症状がひどいときに綴られた日誌に、繰り返し出てきたフレーズでもあった。日々の中にある「大切ななにか」を感じさせるこの作品に、私の胸はゆさぶられた。
「大切なものは目に見えない」とは、サン・テグジュペリが描く小さな王子の言葉として知られる。だからこそ、それを誰かに届けるため、私たちは様々な手段を講じて表現を試みるのではないか。それは時に言語であったり、時にアートと言われるものであったりするかもしれない。
そんな断片は、日々の中に散らばっている。慌ただしく過ぎ去る時の中で、私たちはそのことに気づかずに過ごしてしまってはいないか。私は、それらがなぜ大切だと感受されるのか、そして、大切な物事とともにある幸福の構造をこそ知りたいと願っているのかもしれない。日々の新聞はそんな断片のコレクティブである。
(はじまりの美術館館長)
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