紙面を読んで From Ombudsman | 493号 |
藤田 忠平
五浦の崖を下りて長浜から平潟港へ向かう。港の真ん前にレストランがある。2階の客室からは理想的な漁港の姿と、遠くに小名浜の岬までもが一望できる。この眺めと平潟港に水揚げされた海鮮料理が評判の「モリモア」。この店にも蔡さんを案内したいと思っていた。「生魚はどうかな」と案じながらも地魚の刺身定食を勧めると「いいですね」と応じてくれた。ならばと思い、山葵も勧めてみた。蔡さんは、たっぷりと山葵をつけた刺身を頬ばると強烈な一撃を受けて泪を滲ませ、「これは爆発ですね」と笑顔で言った。初めての出会いが相当気に入ったようで、それ以来、山葵の利いた刺身が大好物になった。
蔡さんは今や火薬の爆発をモチーフとする芸術家として世界的に有名だが、なぜ火薬を使うようになったのかを訊いたことがあった。蔡さんはそれに答えて「私は中国に生まれ、中国人というアイデンティティーは消さない。火薬は中国人が発明して爆発物となり、兵器としても使われてきた。そのことを踏まえ、火薬を自らの作品に生かしていこうと思った」と言った。
キャンバス地や板に張りつけた和紙の上に火薬を撒いて点火し、その爆発の痕跡で描く火薬画。新月の夜に会場に敷設した導火線が赤い光跡となって地球の輪郭を描く、瞬間芸術作品。蔡さんは、今までになかった芸術活動の領域をさらに切り開いて邁進し続けている。
中国福建省生まれ、日本のいわきとの縁を大切に思う芸術家の巨大な龍は、これからどこまで駆け昇っていくのだろう。
(ギャラリー経営・北茨城市在住)
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