omb496号

 紙面を読んで From Ombudsman496 

 

画・松本 令子

 

 藍原 寛子

 ALPS処理汚染水の海洋放出で、「日々の新聞」の大越、安竜両記者と各地の現場で顔を合わせる機会が増えた。首相官邸前での抗議行動、参議院議員会館の集会、海洋放出差し止め訴訟提起の原告住民側の記者会見、漁業の現場に入った研究者の勉強会。現場で2人に遭遇するたびに、目に見えない連帯を感じる。
 さらには、隔週届く「日々の新聞」の紙面で、改めて違う角度からの2人の問題意識を知り、紙面に登場する人々の世界観を知る。それらと自分が共にいるような感覚。「日々の新聞」を読む時間は、紙面を通じた「見えない臍帯」を感じる時間でもある。特に第492号(8月31日号)は常にカバンに入れ、読み返している。
 今回の海洋放出はある事件を思い出させる。25年前の1998年、四倉町や沼部町で起きた大量の産業廃棄物の廃油不法投棄・不適正保管事件だ。業者は逮捕され、廃油・汚染物は福島県が多額の血税を使って行政代執行で回収した。記者同士、大越さん、安竜さんとは、木枯らし吹きすさぶ現場で朝に夕に何度も遭遇した。
 原発の「産業廃棄物」と言える処理汚染水を「薄めて海に流す」という政策の根底に、四倉町・沼部町の事件に底通する「地球に隠してしまえ」という発想を感じる。だがあの事件と違うのは、海に流せばどんな大金を使っても2度と回収できないことだ。事故責任や、汚染水処理・廃炉の責任、未来世代への責任、責任の全てを「流してしまおう」という策略を許してはならない。
 紙面に登場する人々のロングインタビューにジャーナリズムがどう応えていくか。一読者、一取材者として重く受け止めている。

(福島在住ジャーナリスト)

 

そのほかの過去の記事はこちらで見られます。