紙面を読んで From Ombudsman | 498号 |
藍原 寛子
2023年1月から始まった特集「いわきの海岸線を歩く」の478号の見出しは「失われてしまった風景を求めて歩く」。江名を舞台に45年前に撮影された映画にエキストラ出演した少女が55歳になった今のこと。鮫川河口でわずか11軒の集落の70代の兄妹が語る震災。人々の物語と暮らし、そして紙面の特集も、失われず続いている。
3・11が起きて、復興や廃炉に「スピード感」が強調されてきた。だがその中で省略され消えた言葉がたくさんある。だからこそ、だろうか。この特集には「歩く速さでの語り」がある。耳を傾ける二人の記者も相手の「言の葉」を一葉一葉、風に吹かれないよう丁寧に書き束ねているはずだ。記者自らの中にゆとりや余白がなければ、こうした特集は絶対に成立しない。
ふと、民俗学者の宮本常一の『忘れられた日本人』が浮かんだ。長崎県対馬では、地域の課題を「寄り合い」で結論が出るまで夜通し話し尽くした。彼も「寄り合い」の傍らに居て、じっくりと取材した。そういえば対馬は2023年9月、核ごみ処分場計画調査を拒否した。ここでも住民の熟議があったのだろうか。気になる。
「あるくみるきく」の精神で日本列島を歩き、人々と語り、地域に眠る歴史や民俗、人的資産を掘り起こした宮本常一。「日々の新聞」は彼の仕事に通底している。あの一面の見出しの奥には「失われてしまった風景、忘れられた日本人にしない」精神と粘り腰がある。それは現代のジャーナリズムが失ってしまった風景のようにも見える。その精神を体現する、それこそが「日々の新聞」の真骨頂なのだ。
(福島在住ジャーナリスト)
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