omb518号

 紙面を読んで From Ombudsman518 

 

画・松本 令子

 

 あべ みちこ

 第517号「new Born 荒井良二 いつも しらないところへ たびするきぶんだった」を読んで、昨夏を思い出し胸が熱くなった。2023年夏に横須賀美術館からスタートした荒井良二企画展が、今夏いわき市立美術館を巡っている。初日のライブペインティングを取材された内容で、荒井さんの素晴らしくチャーミングなお人柄が懐かしく、会いたい気持ちが募った。
 横須賀美術館では、この企画展に絡め一般公募でワークショップも開催された。激戦を潜り抜け私も参加者となり、2日間に渡る創作活動に取り組んだ。その時間じゅう荒井さんのエキスをたっぷりと浴び、自分の内から物語を引っ張り出す得難い体験をした。
 小説を書く私にとって、それは常に対峙せねばならない作業である。でも、そこでは荒井さんの作品に絡めた物語を創るのがお題。書いた作品を皆に読んで聞かせるというスペシャルな企画。その様子は一部映像化され場内でオンエア。ワークショップでうまれた作品はすべて展示されていた。
 実は、荒井さんにお目にかかるのは17年ぶりで、かつて某媒体のライターとしてインタビューをしたことがあった。飄々としてマイペース。話し出すといたずら好きな少年と同じ熱量を感じた。絵本作家の先生というより、絵を描くのが大好きな子。その荒井少年が17年の月日を重ねて、自由度に磨きが掛かりバージョンアップしていた。
 山と樹々、土と川、太陽と月。そうした自然の存在が、山形県で生まれ育った荒井良二の手に掛かると、風や光、香り、触り心地まで感じる。塗り重ねる色に美しさだけでなく、逞しさ、大地に根差したパワーが根本にある。目に見えない力を神様と呼ぶなら、それがいくつもの作品に宿っているようだ。
 作品を楽しめるだけでなく、彼の所作、言葉、醸し出す雰囲気は子どもの頃から変わっていないのでは? と思わず笑みが零れてしまう。小学1年生から学校嫌いで不登校気味であったことも何かの作品で吐露していた。集団でうまく立ち回れなくても、自分の才能を大切に大人になってくれてありがとう! と感謝の念すら生まれた。荒井良二の佇まいに、パワーをもらえる人も多いはずだ。
 世界では争いや略奪が繰り返されている。悲しいことや腹の立つことが多い世の中で、荒井良二は絵画、立体物、音楽といった創作物で遊び、作品を通してトゲトゲした心を溶かしてくれる。
 さて、この連載も今回が最終回。今年は私にとって史上最大級の激動期となった。今秋、新天地の横須賀でリスタートする。人生の転換期にコラム執筆の機会を頂けたこと、改めてお礼申し上げます。小説以外に新しい事業も始めます。小説家を名乗るのがゴールではなく、ずっと小説を書き続けられる人でありたい。一作ごとに「しらないところへたびするきぶん」を味わいつつ、荒井良二への憧れを胸に秘めて。

(コピーライター)

 

そのほかの過去の記事はこちらで見られます。