omb528号

 紙面を読んで From Ombudsman528 

 

画・松本 令子

 

 寺澤 亜彩加

 「わたし」という至極面倒くさい性質の人間を、この世界に存在させるまでに青春時代を費やしたこともあり、社会というものに目を向け始めたのは、25歳の頃だった。
 そのころの世の中は、コロナ禍という状況で、どこにいくにもマスクが必要だったが、造園業の仕事と、街中にあるカフェでの仕事を掛け持ちしていた。コロナウイルスが世界の脅威となれど、草は生えてくるし木は伸びる。野菜は実り、花を咲かせる。昼間は草木に向き合い、夕方からは街中のカフェで店主の思いに耳を傾けた。
 ちょうどその頃、いわき駅前の再開発の動きの中で、街中から見えていたお城山がマンションの建設によって見えなくなっていった。店主は平生まれ、平育ち。平城が聳え立っていた城山が、城下町から連なって今に至る平の街から見えなくなるということは、その街のひとにとっては、アイデンティティを失うような、衝撃があったようだ。呆然と見上げるその横顔を、よく覚えている。
 わたしは少し複雑な家庭で育った。その複雑さがどこからきているかを辿ると、両家ともに祖父が、本家と縁を切っているというところに行き着く。そして、このことは、不思議と私にも受け継がれていて、生まれながらにして土地との繋がりを断たれてしまったような、そんな感覚の中で育った。
 はじめから失われていたが、失われてしまった感覚や喪失感だけはどうしてか、常に背負ってしまっていたわたし。城山が見えなくなったことで呆然と立ち尽くす店主を見て、なんとも言えない気持ちになってしまった。だけれど何もできなくて、「何もできないじゃん、わたし!」とぐちゃぐちゃしていた。
 失われてからが勝負だと、ある人はいう。失われるわけではないからだ。そこで巻き起こった営みは、土地に染み付いて、再演を繰り返すように、形を変えながらそこに立ち現れてくるものなのだ、と。
 ほどなくして、再開発でできた駅ビルの一角に、いわき平時空マップという鳥瞰図ができた。その威力は凄まじく、平の街と城山に壁のように聳え立つ駅ビルに風穴を開けるかのように佇んでいる。
 また、駅前大通りの歩行者空間の利活用を推進する「ほこみち」の取り組みが始まり、いわき自転車文化発信・交流拠点ノレル?の取り組みの中で、「いわき時空散走」というプロジェクトも立ち上がり、「城山・平」のマップができた。
 何度も何度も土地が形を変えて立ち上がらせようとするものの中には、過去も未来も孕んでいる。そこからたくさんのものを受け取り、栄養にして、花を咲かせられるかは、今を生きる私たちに委ねられている。
 自らの天命を知り、為すべき事を引き寄せ、このわたしだからこそ動かしていける事象の先にある未来を、紡いでいくまでだ。

(日本パラサイクリング連盟・いわき時空散走事務局長)

 

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