omb536号

 紙面を読んで From Ombudsman536 

 

画・松本 令子

 

 高橋  淳子

 去年の秋、二本松にある大山忠作美術館に出かけ、成田山新勝寺所蔵の大山忠作襖絵展を観て来ました。その時、十数年も会わずにいた友と再会しました。久之浜に住む友は東日本大震災の津波で自宅とご主人を失い、それまでの記録も歴史もすべてが流されてしまったと言います。
 津波の翌日、家があった場所に息子さんと行ってみると、残っていたのは家の土台のみ。さらに目を凝らしてみると、2本のワインの瓶の先がほんの少し、砂から出ていたそうです。孫が誕生するたびにワインを購入し、誕生日の日付を入れてワインセラーに保管。孫が20歳を迎えた時、そのワインを開けてお祝いをする事を楽しみにしていた、と話してくれました。
 ご主人は、車に乗った状態で津波に遭い流されたといいます。それを知ったのは避難所になっていた久之浜中学校体育館で流れた放送だったそうです。その後の生活は語りつくせないほど、切ない物語がありました。しばらくぶりで再会し、十数年の時の流れの重さに、お互いが涙しました。ご主人とともに生きた日々と思いもかけなかった別れ。人の一生で、これほど切ない出来事があるのでしょうか。
 東日本大震災では数えきれないほどの方々が被災し、いくつもの悲しみがあった事はわかっていたつもりでした。しかし、生活のすべてを失った友がこれほど近くにいて、つらく苦しい思いを背負って今を生きていたとは…。
 ともに生きた愛の記憶だけを残して旅立ってしまったご主人。長い時間をかけてあきらめる事を学び、やっと今、何とか自分の心に折り合いをつけて、たくましく生きている友。その姿に感銘を受けています。これから残された日々を穏やかに過ごせるように祈るばかりです。
 いわきの地は東日本大震災による津波だけではなく、原発事故にも襲われ、その処理に限りない時間がかかっています。市民はいまだに不安を抱え、穏やかな生活を送るには至っていません。「福島の復興なくして日本の復興はない」と、どなたかが言っていましたね。合掌。

(いわき市指定無形文化財 いわき絵のぼり、いわきだるま製作)


 

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