omb539号

 紙面を読んで From Ombudsman539 

 

画・松本 令子

 

 中部  博

 ぼくにとって「日々の新聞」は、配達されたとたんに、さあ読むぞという新聞ではないのである。いまとなっては日刊新聞を定期購読する意味はないと思っているが、毎朝に新聞を読む生活習慣に愛着があってブロック紙をひとつとっている。とはいえ手垢にまみれた正義感やら奇妙な日本語という他はない新聞文体にへきへきして、記者クラブ制度を自己解体できない新聞や放送は自滅していくだけだなどと憎まれ口をたたくわけである。
 ところが読者諸氏がご存じのように「日々の新聞」には、それがない。その日のうちに読まなければ価値が半減する日刊新聞ではないことが前提にあるのだろうけれど、それなりに忙しい日々をすごしていて、その合間に「日々の新聞」を読む。息抜きのように、気分転換のように読む。つまり新聞のくせして、非日常的な読み方ができる。
 それは「日々の新聞」の記事が、言葉を大切にした文章で綴られているからだ。美文というのではない。読みやすく正確な文章を書くために、よく考えられた言葉選びがなされている。それが気持ちいい。
 新聞記事がつねに人間を書くものでしかないことを「日々の新聞」の記者たちが忘れていないからだ。人間を書くならば、その人を尊敬するという姿勢にゆるぎがない。ようするに人権尊重だ。現在の日本の総理大臣が「天賦人権思想は日本人になじまない」と発言したことがあるそうだが、その正反対の考えが「日々の新聞」の記者たちにあると思う。
 そういう視座で書かれた記事は、気がやすまる。昨年の1月だったか、小名浜を記者が歩いて出会った市井の人たちの意見を書いた面白い記事を、いまもよく覚えている。最近でいえば「いわき信用組合問題」の記事も、犯人を暴きたてるのではなく、人間社会におこり得る問題としてテーマを立てているところが読んでいて実に考えさせられた。

 (ノンフィクション作家・日本映画大学非常勤講師)



 

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