| 紙面を読んで From Ombudsman | 544号 |

気賀沢 忠文
私たちが日々の新聞の定期購読者となったのは2011年11月、妻の芙美子が大越章子さんから「夜の森の桜について書いてほしい」と頼まれ、「桜とツツジの夜の森」を寄稿した時からです。「桜とツツジの夜の森」は2012年の初めから3回にわたって掲載され、日々のブックレット「このいちねん」にも全文が載っています。
これをきっかけに大越さんと芙美子の親しい交信が続きましたが、芙美子は2019年2月、1年近く病と闘って天国に召されました。79歳でした。この時、大越さんはストリートオルガン(140)で、芙美子について次のように語ってくれました。
原稿の掲載後も芙美子さんとは時々、電話や手紙で互いに近況報告をしていた。福島の状況や音楽、本、植物、日々のことなど話題は尽きず、ついつい長話になった。復活させた横浜・野毛のジャズ喫茶「ちぐさ」など、機会はありながら会えないままだった。でも、かっこよくて爽やかで行動的で、あたたかい人柄をよく知っている。
まるで旧知の友のようです。不思議なご縁ですね。
1人暮らしになって、今年で6年になります。夏になると安曇野にある山荘に避暑に出かけ、親しい友人や息子家族と過ごすことが通例となりました。安曇野の豊かな自然に触れ、健康な時の芙美子との思い出の詰まった山荘暮らしは、特にこの3年あまり妻を失った喪失感から深い鬱状態に陥っていた私にとって、とても良い転地療養となっていました。
それに加えて、昨年の9月には妻が敬愛する左手のピアニストの舘野泉さんのインド、ブータン、ネパールのコンサートツアーにも参加しました。その旅の様子を舘野泉ファンクラブの会報に寄稿したことから、 舘野さんやファンクラブの方々との交流が始まって、私はすっかり元気を取り戻しました。
この旅行記を「近況報告に」と思って大越さんに送ったところ、ストリートオルガン(202)で旅行記をもとにすてきな文章を書いてくれました。最後は「忠文さんは芙美子さんと一緒に、舘野さんの演奏旅行に同行したに違いない」と結ばれています。嬉しかった。
ところで芙美子は舘野さんが南相馬のゆめハットの名誉館長になったことを「舘野さんが福島に来てくれた」と喜んでいたので、いつか舘野さんに芙美子の「桜とツツジの夜の森」を読んでもらいたいと思っていました。ちょうど、この10月26日にゆめハットで舘野さんのコンサートがあり、大越さんと出かけました。コンサートが終わって楽屋を訪ね、ブックレット「このいちねん」を舘野さんに渡すことが出来ました。
これで私の念願がようやくかなったと思いましたが、どこからか「たーさん、そこまでしなくてもいいのに」と、恥ずかしそうにつぶやく声が聞こえたようでした。気のせいかな。
(ネパールの農民を支援するNPOラブ・グリーン・ジャパン理事長)
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