458号

若松丈太郎さんが生きたあかし

全詩集、評論などを著作集として3巻にまとめる

 詩人の若松丈太郎さんが亡くなり、もうすぐ1年になる。その死を悼むように『若松丈太郎著作集』(全3巻)が出版された。発行日は命日の4月21日になっていて、そこには「一周忌には仏前に供えたい」という編集者の思いがある。
 若松さんは現在の岩手県奥州市(江刺郡岩谷堂町)の出身。福島大学時代の同級生で南相馬市出身の蓉子さんと結婚し、南相馬市原町区で暮らした。主に相馬郡の高校で国語を教えながら詩や評論を書き続け、自ら福島第一原発の事故で被災した。
 長く反原発運動にかかわっていた若松さんは、チェルノブイリ原発事故から8年後の1994年に現地を訪ねている。そこで見た風景に衝撃を受け、福島第一原発周辺の町と重ね合わせて、連詩「神隠しされた街」を書いた。その17年後に怖れは現実のものになり、浜通りに住む多くの人たちが町を追われた。
 著作集は「全詩集」(第1巻)「極端粘り族の系譜」(第2巻)「評論・エッセイ」(第3巻)に分けられている。全詩集では第1詩集『夜の森』から遺作の『夷俘の叛逆』まで、すべての詩集が網羅され、それ以外にも年賀状詩集や単行本未集録作品まで入っている。
 「極端粘り族の系譜」は生前、単独の単行本として発刊する予定だったが、若松さん自身『夷俘の叛逆』の方を先に出版することを望んだため後回しになった、という経緯がある。それについて、コールサック社の鈴木比佐雄さんは「大震災・原発事故から10年が経過した年に新詩集を刊行したいという詩人としての矜持があったように感じられた」と書いている。結局、若松さんが亡くなったために単行本としての出版はかなわず、著作集の第2巻に組み入れられた。
 「極端粘り族」とは、南相馬市小高区が本籍地の埴谷雄高が使った言葉で、その下に「宇宙人のつむじ曲がり子孫」という言葉をつけ加えている。そして埴谷自身、島尾敏雄、荒正人(『近代文学』創刊同人の1人)に共通性を見た。その地で暮らしてきた若松さんは、3人以外の「極端粘り族」宇宙人のつむじ曲がり子孫を探し出して丹念に調べ、機会あるごとに紹介を続けた。その系譜として、憲法学者の鈴木安蔵、江戸川柳研究者・大曲駒村、映画監督の亀井文夫などについて書いている。
 さらに「評論・エッセイ」は震災・原発事故を体験し、感じたことや社会批評、詩人論などがまとめられている。注目されるのは、自らが詩を書くきっかけをつくってくれた、金子光晴論。そして、「金子の小品から1篇を選ぶなら、『洗面器』以外には考えられない。そのおしまいの2連を引用する。この作品はわたしたちに、詩を書くうえで拠って立つべき場所を示してくれているのではないだろうか」と書いている。
 
 人の生のつづくかぎり
 耳よ。おぬしは聞くべし。
 
 洗面器のなかの
 音のさびしさを。

 若松さんの作品について詩人の齋藤貢さんは「若松さんは、戦争や原発事故のように、ひととしての尊厳を破壊する現実には厳しく対峙する。自らの意に反する事柄に対しても、抗う詩の強いことばを持った詩人だ。(中略)権力の深い闇に向き合い、虐げられる者の現実を凝視つづける詩人としての眼差しの深さ。見えにくくて捉え難い事象の内実を静かに見つめる詩人の堅固な批評精神は、紛れもなくこの詩人の根底を貫くものだといってもよい」と書いている。
 この著作集には、若松さんが新しい発見に喜び、核や戦争に怒り、思い患って書き続けたすべてが、ぎっしりと詰まっている。それはまさに、若松丈太郎が生きたあかしなのだと思う。 
 著作集はコールサック社刊。A5判ハードカバーで限定1000部発行。3巻セットが税込み11000円。巻別だと1巻が4400円、2巻と3巻が3300円。