僕は40年近くがん治療をしてきた医者ですが、つくづく病気というのは環境がつくると思います。1996年、厚生労働省は高血圧、糖尿病、がんなど、それまで成人病としていたものを生活習慣病と名前を変えました。
成人病と言ってしまうと、年齢を重ねるほどにそういう病気になるわけで、国がある程度、医療費の面倒をみないといけません。生活習慣病と変えれば「あなたの生活習慣が悪かったのだから、医療費は自分で払いなさい」という話になります。名前の変更の裏には、医療費問題が絡んでいるのです。
しかし実態は生活環境病です。病気は生活環境によってつくられます。つくづくそう思ったのは、例えば昔、僕ら団塊の世代は慢性副鼻腔炎、俗に言う蓄膿症になって、青っぱなをたらしていました。
その子どもたちが中年になって、慢性の炎症を繰り返しているうちに上顎洞がんになります。年間に30人ぐらい治療していました。いま、青っぱなをたらしている子どもなんて見ませんし、上顎洞がんも数年に一人いるかいないかです。
肝炎もそうです。肝臓がんの原因はウイルスで、C型肝炎が7割、B型肝炎が2割と9割はウイルスが絡んでいるのです。胃がんの8割はピロリ菌が関係しています。昔、井戸水などを飲んでいてピロリ菌に感染し、胃の粘膜に炎症が起こって慢性の胃炎を繰り返しているうちに、発がんが起こるわけです。
僕が医者になった50年前、乳がんの罹患者は18000人でしたが、現在は95000人です。5倍に増えています。アメリカなどでは肉牛の肥育を促進するために女性ホルモンが含まれた餌を与え、その影響でホルモン環境が変わり、日米とも乳がんが増えているのです。
子宮がんだったら以前は頸がんが9割、体がんが1割でしたが、いまは4対6で体がんの方が多いのです。頸がんのほとんどは性的接触でのヒトパピローマウイルス(HPV)というウイルスの感染が原因です。一方、体がんはエストロゲン(女性ホルモン)の子宮内膜への刺激が長く続くことによるものが多いと言われています。
がんに限らず、例えばウォッシュレット(温水洗浄便座)の普及で、痔を悪くする人があまりいなくなりました。病気は環境によってつくられます。
日本はいま、がんの罹患者数(年間のがん登録)がついに100万人を超えました。僕が医者になった時、がんの死因トップは60歳以上でした。いま、40歳以上の死因のトップです。そして15歳以上、40歳未満のトップは自殺です。
がんが40歳以上の死因のトップである原因は、放射線だけではありません。化学物質を含めて発がんを起こす生活環境になっているからです。人口比でいうと、日本のがん罹患者は世界的に多く、アメリカでは減ってきていますが、高齢化もあって日本では増える一方です。
人工放射線、農薬、化学物質、環境ホルモン、遺伝子組み換え食品…こういった生活環境の要因が病気をつくっているのです。
日本は人口比からいうと、放射線機器を世界一多く持っています。CTは世界の三分の一の台数を保有していて、だから病院に行ってもその日にCT検査が受けられるのです。イギリスでは一カ月待ちです。恵まれた環境にありますが、放射線を上手に使っていないという点では、先進国で一番です。
欧米では、がんの患者さんの半分以上に放射線治療が使われています。日本は23%ほどです。100万人に対して23万人。もう少し上手に放射線を使ってほしいと、僕は現役時代から活動してきました。
その時代、がん研や国立がんセンターのような日本でトップレベルの病院と同じくらいの患者さんを治療していました。国内でも多いベッド数を持って、ホスピスがなかったころですから、北海道全土から集まってきた手を余してしまった患者さんを入院させ、看取るようなこともしていました。
もともとは国立病院で、いい機械を買ってもらえませんでした。ですから昔からある小線源と言って、セシウムやラジウムなど放射線を出す線源を使って治療をしていました。
患者さんたちは手術してギブアップし、また効かない抗がん剤を使い果たして、進行してから放射線科に来ました。「タイミングよく放射線を使ってほしい」。その思いで僕は「市民のためのがん治療の会」に協力しています。
市民に放射線治療の情報を知らせる活動をしている会で、東京から治療に来た患者さんが「あまりに放射線治療の情報が国民になく、知らせたい」と、患者の会を立ち上げたのです。さまざまな先生たちに書いていただきながら、2週間に1度、ホームページ(http://www.com-info.org/)で新しい情報を伝えています。
2008年に北海道がんセンターの院長になってから、僕は「がんなんでも相談外来」(完全予約制)をしています。手紙も資料も一切いらず、話を聞いて対応するという、週に1度の相談外来です。
放射線治療は外から放射線をかける方法や、放射線を出す物質を患部に埋め込んだり、患部に貼り付けたり内部被曝を利用する方法があります。また、放射線を出すアイソトープの薬剤を投与する方法もあります。
でも、これらをすべて正しくできる病院は福島県にはありません。福島県はがん治療の放射線では最も遅れた地域で、島根、鳥取、福島県は3大後進がん治療地域です。