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ところであなたは… | 532号 |
いま放送されているNHKの朝ドラの「あんぱん」は、アンパンマンの作者のやなせたかしさんと、奥さんの暢さんがモデル。やなせさんは漫画家、絵本作家、詩人の肩書きを持つが、それらの仕事が本格的になるまで、舞台美術、演出家、司会、作詞家、シナリオライターなど頼まれた仕事は何でもした。
高知から上京して百貨店の三越に勤めた時に、包装紙の「MITUKOSHI」の文字をやなせさんが書いたというのは、よく知られたはなし。三越時代は三越劇場のポスター描きなどデザインの仕事をしながら、漫画を描いていろいろな媒体に送っていた。
転機が訪れたのは50代の時。その一つが、デザイナーとして交流のあった山梨シルクセンター(現在のサンリオ)の辻新太郎から「詩集を出しましょう」と言われたことだったという。その後、自身の雑誌を持ちたいと思っていたやなせさんは辻さんに持ち掛け、1973年(昭和48)、「詩とメルヘン」が創刊された。
創刊時は季刊誌だったが、3号から隔月、7号から月刊になった。創刊号には「この本はちょっとふしぎな本です。非常に個人的な偏見と趣味に偏してつくられています。わがままに自由につくってありますが、できるだけのぜいたくをしました。商業主義には毒されたくありませんが、全く売れなければ一号だけでつぶれます」と、やなせさんの思いがユーモアたっぷりに綴られている。
いつのころからか「詩とメルヘン」を手に取るようになり、ある時期、毎月、読んでいた。絵も言葉も大事にしたつくりは、本当にぜいたくだった。一番好きだったのは、巻頭のやなせさんの編集前記。やなせさんが日ごろ感じていることなどを詩的に、短文で書き、最後はいつも「ところであなたは…」で終わる。
「いそがしい方は、ここだけでも読んでください」と書いてあったので、やなせさんもこの編集前記には力を入れていたのではないかと思う。肩に力の入っていない自然な文章だが、言葉を選び、かなり推敲していたようだ。読み手にとってはビタミン剤みたいな欄だった。そして、一方通行にしない。必ず「ところであなたは…」と、読み手にバトンを渡す。
「詩とメルヘン」の休刊(2003年)を知った時、やなせさんの編集前記が読めなくなってしまうことが何より寂しかった。大部分の「詩とメルヘン」は処分してしまって、手元にあるのは数えるほど。「とっておけば」と、後悔するのが本や雑誌の処分後の常だ。
(章)
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