モノクローム

谷川俊太郎さんのこと 522号

 詩人の谷川俊太郎さんが11月13日、老衰のため亡くなった。92歳だった。
 記憶にあるなかで、谷川さんの作品に初めてふれたのは児童書『しのは きょろきょろ』(あかね書房)だった。お母さんがデパートの7階の美容室でパーマをかけてもらっている間、デパートを探険する女の子のものがたりで、暗記してしまうほど繰り返し読んだ。
 本には「デパート」としか書いてないが、見返しに描かれているフロアガイドから、新宿の小田急百貨店であることがわかる。その本を読んでいた幼稚園時代、東京・小金井市に住んでいて、小田急百貨店は「わたしのデパート」だった。デパートを探険するしのこは、まさにわたし自身で、本を持って百貨店に行ったこともある。
 声に出して読むと、言葉の繰り返しや重なりが楽しく、しのこが九官鳥と話をしたあと、階段を下りながら歌うでたらめな歌も、ふりをつけて歌っていた。
 かっぱが らっぱ ふいている/のっぽが そっぽ むいている/なっぱの はっぱはみどりいろ/はらっぱ からっぽ ぱぴぷぺぽ
 そのあと福音館書店から出版された『ことばあそびうた』につながるのかもしれない。本には絵を担当して和田誠さんが描いた楽譜も載っている。いま、しのの本を開いて文字を追うと、谷川さんの朗読が聞こえてくる。その声とリズム、呼吸…谷川さんの朗読は心地よく、言葉がすっと入ってくる。
 やさしい言葉で、自由にこころのまま、それが谷川さんの詩だった。生きていることはミニスカートで、ヨハン・シュトラウスで、アルプスで、美しいものに出合うこと、そして隠された悪を拒むこと、とさらり編む。
 十六年前、インタビューした時、谷川さんは美しい日本語を確固として存在させたい、と語っていた。とても、すてきな人だった。       

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