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松井さんのお客さん | 463号 |
小学四年生の国語の教科書に、あまんきみこさんの「白いぼうし」が載っている。タクシー運転手の松井五郎さんが主人公の『車のいろは空のいろ』シリーズに入っている一作で、夏みかんのにおいとモンシロチョウの余韻が残る。
6月の暑い日、松井さんは田舎のお母さんから届いた夏みかんを1つタクシーに乗せて走っていた。乗客の紳士を降ろしたあと、道ばたに白い小さな帽子を見つけ、車から出てつまみ上げると、ふわっとモンシロチョウが飛び出した。せっかく捕まえたのに帽子の主は残念がるだろうと、松井さんは夏みかんに帽子をかぶせてそこに置いた。車に戻るとおかっぱの女の子が乗っていた……。
松井さんが空いろのタクシーを走らせるかえで町には不思議な入口があるようで、人間ではないお客さんもタクシーに乗り、時間や空間を超え、日常と非日常が交錯する。どんなときも松井さんは誠実でやさしく、穏やかで、だからなのか、どのお話を読んでも温かな気持ちになる。
「すずかけ通り三丁目」では、松井さんは色白のふっくらとした女性を乗せる。「すずかけ通り三丁目まで」と言われるが、松井さんは聞いたことがない。女性の道案内で向かった場所は閑静な住宅街だった。昔、女性はそこで暮らしていて、空襲で火の海となり幼い双子の息子たちを抱いて逃げたという。その日から女性の時間は止まったままだった。
作者のあまんさんは1931年、満州で生まれた。終戦時は14歳、大連にいた。父親は出征していて女性だけの家族で、身の安全のために家族は髪を刈り上げ、あまんさんも男子学生服を着ていたという。あまんさんの絵本『ちいちゃんのかげおくり』は戦争の悲惨さを描いていて、小学3年生の国語の教科書にも載っている。
戦地に赴いた経験のある人たちは、ロシアの侵攻が続いているウクライナの状況をどう思っているのだろう。ここ数カ月、話が聞きたくていわき市内で探している。しかし終戦から75年が過ぎ、戦場体験者を取材するのは難しくなっている。
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