10枚の1000円札 | 473号 |
机の引き出しに、封筒に入った10枚の1000円札がある。昨年のクリスマスに虎屋 多幸兵衛の塩﨑凱也さんから「購読料を払いたいので来てくれる」と電話があり、受け取ったものだ。しわくちゃだったり、油染みがついていたり、ひと目で一生懸命にたこ焼きを焼いて得たお金だとわかり、手放せず封筒に日付を書いて、そのまま引き出しに入れている。
塩﨑さんと奥さんの美代子さんとは、地元紙で記者をしていた時に知り合った。倉前の店を開店して毎年2回、たこ焼きを通常の半値以下で売って、売り上げを福祉施設に寄付していた。開店から3年後、塩﨑さんの七転び八起きの半生を詳しく知りたくて、時間を見つけて店に通い、60年近い道のりを聞いて新聞に連載した。
それからは時々、塩﨑さんから近況報告の電話があり、必ず塩﨑節で人生訓を伝授された。日々の新聞が創刊した年には夢だった自宅兼店舗を建て、ここ数年は東大生の孫の話をうれしそうに話していた。今年の初めの電話は長男の訃報。半年後、自身もこの世を去った。10枚の1000円札は塩﨑節の代わりに思える。
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