舘野泉さんのリサイタル | 497号 |
文化の日に今年も南相馬で、舘野泉さんのピアノ・リサイタルを聴いた。舘野さんは87歳、米寿記念の演奏会だった。
2002年、舘野さんは住まいのあるフィンランドでの演奏会の舞台上で倒れ込んだ。脳溢血で、右手に麻痺が残った。2カ月の入院生活を経て退院し、それから1年半ほどは暗闇で両手を探っているような日々を過ごした。
そんな時、息子のヤンさんが舘野さんの部屋にそっと一枚の譜面を置いた。イギリスの作曲家フランク・ブリッジの「左手のための三つのインプロヴィゼーション」。第1次世界大戦で右手を失った親友のピアニスト、ダグラス・フォックスのために作った曲だった。
舘野さんも、左手だけで演奏する作品があることは知っていた。それでもピアノは両手で弾くものと思い込んでいたが、左手だけでも十分に表現できると気づかされ、作曲家たちに次々、左手用の曲を依頼した。
リサイタルで舘野さんは、演奏曲の作曲家と曲の簡単な説明をしながらピアノを弾く。この日のプログラムは太陽系の惑星や森、小泉八雲の怪談、サムライなどバラエティーに富んだ曲が並んだ。
そのなかで谷川賢作さんの「そのあと Af-ter That (to Maria)」は、舘野さんの妻のマリアさんのために作られた。マリアさんはフィンランド人のソプラノ歌手。昨年暮れに病気が見つかり、3月に亡くなった。「去年のここでの演奏会には一緒に来たのですが」。舘野さんは語った。
休憩を挟んで2時間ほどのリサイタル。「もう、くたくたです」と言いながら、アンコールに応えて弾いたのは超絶技巧の「赤とんぼ」で、夕焼けのなかにいるみたいだった。
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