533号

俊太郎さんへのインタビュー 533号

 

 2008年6月、谷川俊太郎さんは息子の賢作さん(作曲家でピアニスト)のバンド「Diva」とステージに立つため、いわきにやって来た。草野心平記念館での「詩をうたう~草野心平へのオマージュ」の公演の日の早い時間に、インタビューの時間をとってもらい、待ち合わせ場所のティーワンビルに向かった。
 日曜日だったこともあって平のまちは目覚めたばかりで、空気が澄んでいて歩いていても気持ちがよかった。ティーワンビルに近づくにつれ、外に置かれた白い椅子に足を組んで座り、新聞を広げて読んでいる男性の姿が見えた。そこだけ都会的な雰囲気が漂っていて、絵はがきにして切りとりたい風景だった。
 そばまで行って、男性が俊太郎さんなのがわかった。あいさつを交わし、一緒に2階のラウンジに入って席に着いたが、突然の俊太郎さんの出現にこころの準備はできていず、頭のなかがまっ白になっているのがわかった。そのころ記者になって17年ぐらい、初めての経験だった。
 俊太郎さんはいたって自然体で、何でも聞いてください、という感じだった。けれど雑談をしても、コーヒーを飲んでも緊張はとれず「しかたない大ファンなのだから」と、こころのなかで自分を励ました。いま生きていることを、ミニスカートやヨハン・シュトラウス、アルプスで表現してしまう人なのだから。
 インタビューは聞きたいことのほとんどを聞けないままに終わり、原稿を書く時には苦しんだ。けれどラウンジでの空気感、俊太郎さんの声やまなざし、やさしさやセンスはよく覚えていて、俊太郎さん自身が詩のようだった、といま思っている。          

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