432 指ぬき

 

  妻の買つてきた指ぬきは一つ三円
  かはいらしい値段だ
  小さな皮を
  ただしなはして
  かういう誰にも要るささいな品を
  考へた人は
  どこか田舎の枯れた年寄りかも知れない
  利益なども少くて
  味もなくて
  普通につつましいだけ

 (指ぬき)

 

 比叡山での二人の生活が偲ばれる。梅乃は天平が亡くなったあと、「新女苑」の記者・北原節子にこの詩を渡した。北原は串田孫一の詩のグループに属していて、生前、天平が「『新女苑』に借金があった」と言っていたことから、この詩を持って北原を訪ねたのだった。その後、二人の交流が始まる。