日比野克彦の部屋

肺とエラを起動させながら豊かに生きる

エラ呼吸へ

 前回この欄で、オンライン上で人と会い、仕事や、生活に必要な用件、そして娯楽や余暇の時間も過ごすことが当たり前になって行くことを私は、「肺呼吸からエラ呼吸への変化」であり、今後はこの二つの呼吸方法を両方使って行く様にならざるを得ない。人はその様に進化して行く様な気がする、と書きました。今回はその話の続きをしたくてここに書きますから、つき合ってください。
 私たち人間は陸上で生活がしやすい様に肺呼吸をし、手足も変化してきました。このことを自覚できるのは、海の中の生き物や、地上での人間以外の生き物の姿形と比べてみることが、できるからです。これらの姿形は過去の長い時間によって作られてきたものであり、多くの学者がその理由を明らかにして分析し、学問として私たちに教育してくれたからでもあります。しかし私はここで言う「エラ呼吸」とは生物的な意味でのものではなく、空間認識における生命維持装置としての呼吸の手段のことを意味しています。ここからは半分ファンタジーとして聞いてください。
 私たちは昔々、海の中で生まれました。その時は細胞も一つしかなく、形も単純な生命体でした。そこから少しずつ進化して海から陸に生活圏を移し、人間になってきたのです。私たちは地球上の3分の1を占める陸上で、大勢の人が参加する国という組織をつくり様々な価値観が交じることで文明を築いてきました。
 物を作る、作った物を運び、その価値観を交換することが、国が繁栄する基礎でした。これが肺呼吸です。しかし今は陸上ではなくオンライン上での空間、物質としての物ではなく、情報化した物も互いの価値観を交流する値打ちを持つ様になり、陸上空間に変わるもう一つの空間が確実にその姿を現してきているのです。これがエラ呼吸で、生命を維持する空間ということになります。
 もはや、この空間は陸上の代役としての仮想空間ではなく、現実にある生命を育む生活空間なのです。私たち人間は長い間陸上で暮らしてきたので、水の中にいたことを忘れている様な感じですが、今再び、この陸上での暮らしの水際に来て、その眼差しは海の中に向けられ、エラ呼吸の準備をしているのは、その記憶がそうさせているのでしょう。
 どんなに大きな陸上でも、それは海に浮かぶ島です。大陸も大きな島でしかなく、上陸して歩き続ければ再び海に出合います。いま私たちは、水の中も陸の上も双方を経験した生命体として、その両方を起動させながら豊かに生きることをし始めたような気がするのです。
 次回はまたこの続きを書きます。

(アーティスト)

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