212:「なまみまして」

桜ではなく彼岸花がお出迎え

「なまみまして」

 東京藝術大学の令和2年度後期が10月1日から始まった。この日、初めて上野の藝大キャンパスに登校する1年生が半年間、閑散としていた1年生のアトリエにやってくる。私は美術学部先端芸術表現科の1年生の担任として、学生をなんとなくソワソワしながら待っていた。
 本来ならば4月に入学式が藝大奏楽堂で開かれた後、新入生たちは入試を突破して晴れやかな気持ちでこの部屋に来て、クラスメイトと会い、互いに自己紹介をし、いよいよ始まる藝大の授業ガイダンスを緊張しながらも前のめりに耳を傾けるのだけれども…。今年の入学式は中止、前期授業はオンラインという状況を経ての初登校となる、どんな空気感になるのかが想像つかず、私の気持ちも落ち着かなかった。
 1年生同士はパソコン画面では毎日のように会い、話もしているけれど、直接対面するのは初めてとなる。そんな学生らをどんな言葉で迎えればいいのだろうか、「入学おめでとう」ではないし、「ようこそ芸大へ」「やっと会えたね」「こんにちは」どれもこれもしっくりこない。
 学生たちが教室に徐々に集まってきた。密にならないように距離を置いて椅子が並べてある。自分の学籍番号が貼ってある椅子に座り、顔なじみになっている学生同士が、「なまみまして」と挨拶した。初めましてではないけど、生で会うのが初めてという挨拶らしい。なるほど…。
 そして会話の中に、互いに、意外と背が大きいとか小柄とか、オンラインでは全身を見ていなかったかし、互いに1人でいる状態でしかなかったので、他者と比べようがなかったということか。きっと「やっと会えたー!」とはしゃぎたい気分もあるのだろうけれども、マスクにソーシャルディスタンス、という生活の新様式が知らず知らずの内にはやる気分を抑止させているようだ。
 そんな社会状況の秋入学? 少しでも晴れやかな気分でこの日を迎えてもらいたく白い壁に赤い布を垂らして、紅白をあしらってみた。しかしその赤が教室から見える植え込みに自生している彼岸花の真っ赤な赤と呼応していた。
 毎年入学式の時には上野公園での桜が新入生を迎えていたのだが、今年は赤い花に迎えられている。新様式の幕開けが彼岸花のイメージをも変える時がやってくるだろう。一年生のみなさん入校おめでとうございます。この原稿の入稿も大幅に遅れたけれどもなんとか間に合ったかな?

(アーティスト)