次の時代への保存の役割を考えるきっかけに
ヒビノを保存する |
「日比野克彦を保存する」というタイトルの展覧会が東京藝術大学美術館陳列館で開かれた。主催は東京藝大文化財保存修復センター準備室。藝大には文化財保存研究科という研究室があり、古い絵画、彫刻などの修復を行い、後世に文化を伝える重要な役割を担ってきている。
その研究室が何をやろうとしているのか、専門性の高い領域が故に、そして扱う対象がこれまで限られてきたが故に、その役割や魅力を知る人は決して多くはない。藝大内においてでさえ、保存修復はあまり自分達とは縁のない領域であると考える人が多い。しかしそうではなく誰しもが考えなくてはならないことであり、その重要性を知ってもらいたい、そして、より幅広い保存修復の概念を築き上げていきたいということで、その対象にされたのが私ということになる。
日比野の作品は段ボールでできているものが多く、決して保存に適している素材ではない。またアートプロジェクトなども多くあり、これらは物ではなく出来事、活動という形のないアート表現になる。これらは映像、写真で記録したりしているが、デジタル技術の急速な発展にともない、10年前のメディアを再生、再現することが、ともすれば不可能になっている場合がある。50年前に撮られた白黒写真は見られるが、10年前のパソコンの中にある写真データは呼び出せない、という現状もある。
また後世の人が作品を読み解く場合に、日比野の作品は多分に時代性、地域性と繋がっている部分がある。私の80年代の作品の制作現場となっているアトリエは渋谷のマンションの1室にある。そのマンションが2021年6月に渋谷の都市開発と老築化にともない取り壊され、建て直しになる。
70年代後半から渋谷の街はセゾングループの感性商法(イメージを売る)により若者文化を街、ストリートから発信してきた。その渋谷の中で私も活動し、作品を作り続けてきた。この「日比野克彦を保存する」では、保存する対象を、作品から作品周辺へと広げていくことを試みている。作品→アトリエ→街。街を知ることによって、作品が生み出された背景がわかる。この考え方、思考の構造は環境課題への問題意識の思考、多様性を受け入れようとする社会包摂の思考、とも繋がっているような気がする。
物としての作品だけをその周辺の関係性から切り離して保存することを行ってきた時代から、次の時代への保存の役割を考える。きっとこれは、文化施設のフレームのあり方を変える大きな転換点になるのかもしれない。
(アーティスト)