272:レインガ伝説

 

レインガ伝説

 瀬戸内国際芸術祭2025の秋会期が10月3日から始まりました。2010年から始まったこの芸術祭は3年に1度、香川県で開催され、今年で6回目になります。私は第1回から参加しています。1年目は海底探査船美術館の計画を立て、そのスケッチドローイングと模型を豊島の島キッチンギャラリーに展示しました。
 この計画は船を造船するか、もしくは既成の船を改修する必要があるため、実現に向けてリサーチを行った結果、香川県三豊市が所有する「つたじま丸」が協力してくれることになり、2013年の第2回には、三豊市の粟島を母港にして「海底探査船美術館一昨日丸」が完成しました。
 この船の特徴は、海底から引き上げるクレーンを搭載するとともに、海底から引き上げた様々な遺物を船の中に設置したショーケースに展示し、観客はその海底から引き上げられたものを実際にこの地域で沈んでいたであろう海の上で見ることが出来るのです。そんな体験はリアルに海底の様子を想像するキッカケになるのです。そしてもう1つ、陸上でその遺物たちをしっかりと観察しスケッチをし、この物たちが一体何なんだろうか? どうして海底に沈んでいたのだろうか? いつ誰がどのようにしてこれを使っていたのだろうか? などということを想像する「ソコソコ想像所」という場所を旧粟島海員学校の建物の中につくりました。
 私はこの間、何度か瀬戸内海の海を潜り、海の底にある遺物を探しに行きました。数万年前のナウマン象の化石や、江戸時代の古いお金や戦争中の武器の残骸や現在の日用品のプラスチックなど、様々な時代のものが海の底には沈んでいました。そのような海底の探査のする中で、沈んでいる船があるのを発見しました。船には煉瓦が積まれており、山のように煉瓦が海の底に眠っていたのです。この発見をもとにして制作したのが「レインガ」という作品です。
 煉瓦を建築資材として盛んに使っていた百年ほど前の日本には、各地に煉瓦工場が多くあり、この四国沿岸にもありました。きっと関西方面に瀬戸内海を通って運搬していた途中に沈船したのだと思われます。
 水中考古学会の人たちの協力を得て、私はこの煉瓦を300個ほど引き揚げ、その煉瓦が一体どこに運ばれ、そして何に使われようとしていたのか? ということを想像しながら、煉瓦たちが3年に1度、海上に現れてその形になり、その姿を一瞬見せた後に、また海底に戻っていく、という物語をつくりました。
 その煉瓦が何になろうとしていたのか? と想像した際に、ふと結びついたのが海底に沈んでいたナウマン象の骨です。「瀬戸内海には象が住んでいた!」。そんな物語と結びつけ、煉瓦が象になろうとしていたのではないか、と想像したのです。
 「レインガは、海を潜るのが好きでした。海底を歩くのが好きでした。長い鼻をシュノーケルのようにして、毎日毎日海の底を歩いては、いろんなものを見つけて想像していました。そしてレインガがある時、多くの煉瓦を見つけました。この煉瓦で家をつくろう、いろんなものを想像できる家を海底に作ろう! としたのです。そんなレインガが、時々自らの姿を煉瓦に置き換えて海上に現れる、と言うのです。
 そんなお話を作り、その煉瓦で象の形を作った作品が「レインガ」です。2016年に初めて粟島の西浜の沖に現れ、2019、2022年にも3年ごとに1度その姿を洋上で見る事が出来ました。しかし今年は「上陸した」という噂が流れているのです???。その噂を確かめにどうぞ見に来てください。瀬戸内国際芸術祭2025の秋会期は11月9日までです。

                                    (アーティスト)