omb550号

 紙面を読んで From Ombudsman550 

 

画・松本 令子

 

 岡崎 佳子

 542号のヒビノ年譜1969年。日比野さんが、思うように表現することの楽しさを知り書道が好きになった、というエピソードがありました。「日比野みたいに書いてみなさい」。日比野さんの隣の女子にかけた、先生の言葉です。
 私が小学生の頃、書写の時間がありました。硬筆展や毛筆展の時期になるとみんな一斉にお手本をもらって、お手本通りにまさに書き写す、あれです。止め・ハネ・はらい・角度・勢い。そのあたりが評価のポイントでしょうか。金の折り紙の貼られた金賞の文字は、印刷物の校正確認のようにお手本と重ねて角をもってぴらぴらさせても文字が踊ったりしない、それは見事な「書き写し」でした。書写って実は美術の時間だったのか。
 しかし中学・高校になると、女子の間ではマル文字が流行り、大学生になればタテカンに書かれているカクカクした太くて力強い字がそこかしこに立ち並び、そうかと思えば絵のような書道にも遭遇し、お手本も金の折り紙も興味がなくなりました。いや、なくなったわけではないな。自分にとってのお手本を自分が決めるようになったというのでしょうか。そういうことなんだな、とやっとわかったのです。むしろ、自分で決める目当ての方が、よっぽどハードルが高いですしね。もちろん、美しい文字は美しいと感じるし、小高の「おれたちの伝承館」のロゴマークなんか、もう愛してやまないのです。
 しかし、昨夜この原稿の下書きを鉛筆で走り書きしたものを清書している今、自分の書いた文字が解読できないという状況に。昨日考えた内容とは違うことを書いています。だって読めないんだもの。思うように表現する楽しさを知ったのであれば、せめて自分は読めるように書き残しておかなくちゃな、と思い知らされたことでした。

(看護師向け季刊誌編集者・自称パートタイマーシンガーソングライター))



 

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