omb552号

 紙面を読んで From Ombudsman552 

 

画・松本 令子

 

 岡崎 佳子

 「海と海につながる すべてのいのちが 汚されませんように」。「海の底さ歩いてきたんだよ。カニやエビは大丈夫だべか。汚れた海の底を歩いてきたんだよ。長い時間さかけてよ。不憫でならね」(第543号)。
 毎日の自分の生活の中で、意識していないとつい忘れがちなこと、忘れてはいけないことが文字となって私を見ている…ドキッとしました。
 私は海の無い県で生まれ育ちましたが、父は広島、母は新潟出身なので、子どもの頃夏休みには瀬戸内海や日本海の海水浴場に連れて行ってもらったものです。新潟の角田浜や浦浜では、少し深いところで足の指でぴょんぴょん飛び跳ねながら砂底をぐりぐりして、器用にアサリを足の指で獲ったこともあります。海につかりすぎて紫になった唇をガタガタ震わせながら砂浜から眺めた水平線は緩やかな曲線で、この海をずっと進んでいったら地球上のすべての海とつながってどこへでも行けるのだね、とワクワクしたものです。
 そんなちょっとした思い出も吹き飛ばしてしまうほど、この「不憫でならね」の一言は、わたしに〝今起きていること〟を突き付けてきました。汚染水を処理水と言い張る国と東電。命が生まれた海を汚すことに何の躊躇も胸の痛みも感じないのでしょうかね?
 私の友達に、二本松出身の女性がいます。震災当時中学3年生だったそうです。今は都内に住んでいますが、定期的に福島に帰って健診を受けています。デザイナーでもある彼女は、「ミライノウミプロジェクト」の動画で、〝ALPSで処理しても汚染は汚染〜海を汚さないで!〟と訴えています。いわき出身のフォーク者イサジ式さんも歌っているではありませんか。「水は誰のもの 土は誰のもの それは未来からの預かりもの」と。
 わたしたち大人は「おとなしく」ではなく「大人らしく」、未来の子どもたちから預かっているものを汚さぬよう、人でなしたちに丸め込まれぬよう抗い続け、そのバトンをしっかり繋いでいかねばならないと思います。

(看護師向け季刊誌編集者・自称パートタイマーシンガーソングライター))



 

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