

| 熊本の地震 |
令和8年7月28日、熊本で震度7の地震が発生した。私はオンラインで翌日東京藝大で行われる打ち合わせを、関係者としていた。スマホの画面に地震発生の速報が入る。「日比野さん、熊本で大きめの地震が発生した様ですよ」と参加者の1人が会議の途中で、進行を遮って発言した。彼は熊本出身であった。彼も震度7という数字に反応した。会議終了後に熊本市、天草市の人たちに電話で連絡をした。
熊本市現代美術館ではこの春に「震災後10年を振り返る文化的処方と熊本地震」という展覧会を行い、今後、地震が起こるとされている南海トラフの高知県などに、その知見を伝えていこうとしていた。展覧会の企画スタッフはこの日、高知県須崎市でこの打ち合わせをしている最中であった。熊本市では文化的推進室を昨年立ち上げ、「文化芸術活動が人生を豊かにして、コミュニティーつくりに繋がり、非日常時に生きる力を与えてくれる」という活動を始めていた。しかし再び熊本県で起こった。
10年を振り返って、この経験生かして他県へ次へと、視点を移していた矢先の、足元での大きな地震であった。熊本市の文化的処方推進室には美術館スタッフと文化創造課の市役所職員がメンバーとして入っているが、今は災害対応の業務シフトになっていて、通常業務はできていない。東京藝大には推進室をきっかけに熊本市役所職員が毎年1名、大学に派遣されて来ている。その職員から熊本市役所の様子を直接聞きながら、藝大としての対応を考える。
10年前と比べると、明らかに違うことがある。大学として話し合う体制があり、仲間がいて、一緒に対応を考えようとしている、ということで、10年前にはなかった。
私は明日8月6日に熊本市に入る。すでに現状の情報は集まってきており、現地での会議にも幾人かのメンバーが集まってくる。10年前は2週間後くらいに熊本駅に着いてから、熊本市の友人に連絡を取っていた。それと比べると随分違う。
10年は節目ではあったが、終結点ではなかった。頭ではわかっていたことではあった。何事も経験なくしては、そして他者との共有の経験なくしては、社会というものは成長はしていけない。
(アーティスト)
過去の記事はこちらで閲覧できます。
