552号

かこさとしさんの『秋』 552号

 

 郡山市立美術館の帰り道に訪ねた常磐町の絵本専門店「石川屋」で、店長の石井修一さんにかこさとしさんの『秋』を紹介された。「かこさんが亡くなってから娘さんが本にされました。戦争のつらい思い出を書いたものです」と。
 絵本を扱うようになって石井さんは、子どもの時に読んだかこさんの作品に影響を受けていることに気づいたという。店内にはかこさんのコーナーがある。美術館で「戦争と子どもたち」の絵を見たばかりだったので『秋』を買い求め、その夜、のんびりした時間に開いた。
 かこさんは2018年に亡くなり、二年後、娘の万里さんが手描きの古い作品を1つずつ見ていて、「秋」の絵と文章、絵本として出版する時の編集上の注意書きを発見した。一緒に「力不足で出版できずにすみません」という、編集者と思われる詫び状もあった。
 記録によると、その作品は絵本作家としてデビューする前の1953年から57年にかけて制作され、当初は紙芝居として作ったが、82年には改訂を加えて絵本の形で出版しようとした。2021年、絵本『秋』はかこさんも執筆者の1人になっている『子どもたちへ、今こそ伝える戦争』と同じ講談社から出版された。
 1944年の秋のはなし。18歳のかこさんは勤労動員で軍需工場に泊まり込み、戦車の歯車や部品を作っていた。ある日、盲腸炎になって工場の付属病院で手術を受けた。しかし体が弱っていて薬もなく、膿がたまってなかなか傷は治らなかった。
 間もなく手術をしてくれた医師が出征し戦死した。防空壕から秋空を見上げ、墜落する戦闘機から脱出した飛行士の落下傘が開かず、いのちを落としてしまう光景を目撃した。つきそいのおばさんの1人息子はミッドウェー海戦で遺骨も戻らない…。
 翌年、日本が負けて戦争は終わり、それからも悲しかったり、つらかったり、さまざまな秋が巡ってきたけれど、戦争のない秋の美しさが続いた――かこさんの戦争への憤りと平和への願いが静かに熱く語られている。それは私たち、未来の人たちへのメッセージに思う。大切にしたい絵本の1冊だ。

 

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