

国に頼らない住民による自治
その原点や理想がボローニャにある
| ローカリズム |
井上ひさしさんが亡くなった2010年、ゆかりの地を巡った。ちょうど草野心平記念文学館で「井上ひさし展」が開かれていて、特集を組むには好都合だった。生まれ故郷の山形県東置賜郡川西町(旧小松町)と青春時代を過ごした仙台市を訪ね、交流があった人から、話を聞いた。楽しい取材だった。
井上さんへの共感、それは同じ東北人である、ということが大きい。長編小説『吉里吉里人』は、人口約4200人の東北にある寒村が日本から独立する話。そのなかに「わたしたちはもう東京からの言葉で指図されるのはことわる。わたしたちの言葉でものを考え、仕事をし、生きていきたい」という印象深い一節がある。
大学に入るために東京に出た井上さんは、方言コンプレックスにさいなまれて吃音症になり、母がいる釜石(岩手県)に帰ってしまう。その数年後に復学するのだが、井上さんのなかに息づいていたローカリズムは、決して揺らぐことはなかった。
理想国家「吉里吉里国」とは軍隊を持たない、世界的な高度医療技術を持った農業国で、当然ながら、使う言葉は吉里吉里語。みんなが、その土地の文化や歴史を大切にして、穏やかに暮らしている。空想してみると、のどかな田園風景が見える。
井上さんがたびたび書いているボローニャも北イタリアの地方都市で、人口は40万人弱。市民が主導して国に頼らない住民自治を創り上げた。独自の産業を発展させて町を豊かにし、市民一人ひとりが責任を持って町をつくってきた結果、誇りが生まれた。そうしたやりかたが「ボローニャ方式」として注目を浴びるようになった。
いわきを吉里吉里国やボローニャに置き換えてみる。まず、いわき圏ですべてをまかなう取り組みをする。食べ物、電気、独自の産業、教育、医療、もちろん文化も。いわき弁はもちろん、建物や景観を大切にする。行政はもちろん、住民中心の主権在民。「だれかが決めてくれる。おれは関係ない」では、まちが中央の波にのまれて死んでしまう。ローカルに徹するということは、個性を輝かせ、「脱金太郎飴」につながっていく。まさしく無関心は罪なのだ。
「私たちはいま、無意識のうちに餌づけされている。それに気づかないと大変なことになる」と言い続けた井上さん。その言葉を心に刻みたい
(安竜 昌弘)
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