月刊Chronicle

画 黒田征太郎

 

 「なんだかおっくう」と「面倒くさい」の気分を
   晴らしてくれる藤沢周平の短編

寝床で読む本

 11月に藤沢周平のふるさとである鶴岡を訪ねたあと、本棚から周平関連の文庫本を取り出して読むようになった。布団に入ってスタンドを点け、1編ずつ丁寧に読む。まずは『三屋清左衛門残日録』から始め、主に武家を題材にした「海坂藩もの」の短編を読んで眠りにつく。そのリズムがいい。 
 実は、どうしてだか積極的に本を読むことが出来なくなっていた。帰り道に大きな書店があるので車を停めて中に入り、ぐるりと背表紙を眺める。ひいきの作家の新刊が出ているとぱらぱらとめくり、買う。それを寝床のわきに置くのだが、落ち着いて読み続けることが出来ない。そんな日々が続いていた。
 仕事柄、調べるために本を読まざるを得ない。でも記事にしてしまうと、それっきり。また新しいテーマに向かわなければならないので、次の本がどんどん重ねられ、前の本は置き去りになっていく。読書は楽しむためにあるはずなのに、いつの間にか義務になり、本を読むことがおっくうになってしまった。
 それは人づきあいも同じで、地域紙を辞めてからは、気の合わない人とは無理につきあわず、できるだけ自分のペースを守るようになった。特ダネ争いで張っていた気が緩んだのだろう。友だちに「自由な風が吹いてる。いいね」と言われたりもした。しかし…。「面倒くさい」に支配されると、すべてがどうでもいいような気になってしまう。それが心配でもある。

「海坂藩」のモデルは庄内藩と言われる。周平が描く侍のほとんどが不器用で優しく、人がいい。誠実に仕事をこなしているのになぜか、藩の権力争いに巻き込まれて理不尽な命令を受け、命を賭けることになる。でも滑稽で憎めず、すがすがしい。そのかたわらには必ず、一本筋が通っていて、心根の美しい女性がいる。そうした周平の世界観といまの気分が合うのだろうか。70歳を超えたこともあり、以前と違う味わいを感じる。
 藤沢周平は27年前の1997年(平成9)1月、肝不全のために亡くなった。69歳だった。若いころの結核手術で使った血液で肝炎になり、晩年は入退院を繰り返していた。昭和2年生まれだから、わたしの父と同い年。生きた時代が重なるとはいえ、逝くのが早すぎた。来年の春にはまた文庫本片手に鶴岡を訪れ、海に沈む夕日が見える宿で周平さんに思いを馳せるつもりだ。  

 

                                        (安竜 昌弘)

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