月刊Chronicle

 

コロナ禍での市長選
後進性と無策ぶりにげんなりしている
先を見通せるのは誰

 市民のとまどい

 鎮魂の8月が終わろうとしている。コロナ禍でオリンピック、パラリンピックが開かれ、デルタ株によって感染が全国に拡がっている。「緊急事態宣言」「まん延防止」という言葉を、あきらめムードで聞いている。
 ニュージーランドでは1人からデルタ株が出た瞬間に接触者などを特定し、緊急ロックダウンをした。徹底して感染の芽を摘んで拡大を最小限にとどめようとしているその姿勢を見ていると、「わが国は何をやっているのか」と腹立たしくなる。しかし、そんなニュージーランドでも感染は拡大し、当局は批判にさらされている。コロナ対策は政治家にとって試金石のようだ。
 いわきでは市長選に入る。すでに掲示場が設置され、投票券も届いた。この新聞が着くころには告示され、選挙戦に入っていることだろう。それにしても、みんな冷めている。だれを選んでいいのかわからないのだという。実のところは「帯に短したすきに長し」で市政を託したい、と思える候補者が見つからないようだ。
 一つ争点をあげるとすれば、コロナと医療だろう。いわき市は勤務医の数が少なく、基幹病院である医療センターには診療科の虫食いが目立つ。そうしたなかでのコロナ禍、しかもデルタ株によるクラスター続発である。ベッドが不足し、市外に入院している人もいる。ここは候補者たちが、自らが考えるコロナ対応、いわきの医療のあり方、そのための方策を具体的に述べるべきではないか。有権者にとっては差し迫っている問題だけに関心が高い。
 市民の不安は、県や市がきちんと情報を出さないことにある。それによって感染力の強いデルタ株の恐怖が増大し、疑心暗鬼に陥っている。しかも、単なる国や県の後追いではなく、独自の施策を打ち出して効果を上げている他市町村ニュースに接するたびに、わがまちの後進性、無策ぶりにげんなりさせられる日々だ。だれが一番、先を見通す力があるか。究極の選択のなかで見極めたい。

(安竜 昌弘)

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