160号 草野天平のこと(2009.10.31)

画・黒田 征太郎

刹那的な世の中と対極にある人生

 草野天平のこと

 締め切りが近づくと、夜明け前に編集室に来ることが多くなる。いつからか、夜ふかしが苦手になり、朝原稿を書くことが増えた。頭がボーっとして集中できないのである。もちろん年のせいもあるが、パソコンを使うようになってから、めっきり視力が落ちた。そんなこんなで、夜に原稿を書くのはあきらめるようになった。
 夕食をとったら少しリラックスして布団に入り、夜中にごそごそ起き出してシャワーを浴び、15km離れた編集室へ車で向かう。あたりは実に静かで、ふと気がつくと空が白んでくる。その感じがなかなかいい。

 編集室の1階を「草野天平・梅乃ルーム」にする準備を進めていること、さらに9年前に出版した拙著『天平—ある詩人の生涯』を書き直していることもあって、よく草野天平・梅乃夫妻の人生が頭をよぎる。その断片を2人がそれぞれに書き残しているから、美しいシーンとなって頭に広がってくる。
 神田神保町にあった「らんぼう」での初めての出会い、夢中になって詩や人生について話した深大寺や江ノ島、比叡山・松禅院での日々…。そして深夜から夜明けの時間だと、やはり天平の死の場面が浮かんでは消える。
 昭和27年4月25日午前2時半、天平は梅乃に「ありがとう」の一言を残してあの世に旅立った。42歳だった。梅乃は流れる涙をそのままにしてじっとしていたが、しばらくして髪や爪を清潔に整え、寝間着を替える。そして天平の処女詩集『ひとつの道』の自序を声を出して読んで一礼し、本を机の上に置いた。静かな夜だった。

 人は死んでゆく
 また生れ また働いて
 死んでゆく
 やがて自分も死ぬだらう
 何も悲しむことはない
 力むことはない
 ただ此処に
 ぽつんといればいいのだ

 これは草野天平の「宇宙の中の一つの点」という作品。天平の詩はこれまで、何回かメディアで取り上げられたことはあるが、知っている人が多いとは言えない。時には兄の心平と間違えられてしまうこともある。しかしその詩には、独自の精神性と静寂感があり、人の心をつかんでは離さない。評論家の亀井勝一郎も「無垢な魂の光りのようなものが読後に残る」と書いている。
 天平は目先のことばかりにとらわれる戦後という時代に違和感を覚え、1人で比叡山にこもって詩と向き合う生活を送る。「世界がだんだん薄明になる」と感じれば感じるほど、「厳しさと寂しさの中に身を置いて内なる詩をつくりたい」と思ったのだった。そして、「自然に託した清純で愁いにみちた調べ」は徐々に姿を消し、その詩が内に向かえば向かうほど、言葉の輪郭を失って抽象化していった。

 あまりに刹那的な世の中だからだろうか、ストイックで一途な天平の生きざまが、いやに眩しく目の前に立ち上がってくる。来年、2010年の2月28日には天平の生誕百年を迎える。これを機会に1人でも多くの人に天平のことを知ってもらえれば、と思う。

(安竜 昌弘)

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