249号 噴き出す涙(2013.7.15)

画・黒田 征太郎

映画「山桜」での田中麗奈がいい

 噴き出す涙

 敷村良子原作、磯村一路監督の映画「がんばっていきまっしょい」(1998年)をあらためて観た。モデルになった松山東高(愛媛)が、大津市の滋賀県立琵琶湖漕艇場で行われた「第66回朝日レガッタ」の高校女子ダブルスカルで初優勝した、という記事を読んだからだ。
 それによると、レース前の船台で部員たちが「ひがしこー、がんばっていきまっしょい!」と声を合わせ、ダブルスカルに出場した2人が「しょいっ」と呼応したという。小説を書いた藪村さん自身も東高ボート部出身で、この伝統のかけ声をタイトルにした。原作では叶わなかった夢だったが、後輩たちが現実の世界で叶えてくれた。
 松山東高。藩校・明教館の流れを汲む愛媛県内最古の高校で、愛媛県尋常中学校時代に夏目漱石が1年間教鞭を執り、この体験を元にして「坊っちゃん」が書かれたことでも知られている。映画での校名は「伊予東高」という架空の名称が使われていて、主演は田中麗奈。撮影は愛媛県でのオールロケで行われた。 
 
 青春ものの映画としては、「パッチギ!」(井筒和幸監督)、「リンダ リンダ リンダ」(山下敦弘監督)などとともに好きなものの1つだ。進学校に受かったのだが、夢中になれるものが見つからない。雰囲気にもついていけない。場違いに思える高校で落ちこぼれ感にさいなまれながら、ボートに夢中になっていく。そんな女子高校生を田中麗奈が、瑞々しく演じている。実に透明感がある。そして、夕日に映えるボート、穏やかな瀬戸内の海…。伊予の風景が美しい。
 おきゃんな、跳ねっ返り娘。そんな役どころの多い田中だが、初めて挑戦した時代劇「山桜」では違った。つらい日々に耐えるヒロインを演じている。地味だが静かで品がある、とてもいい映画だった。
 原作は藤沢周平、監督が篠原哲雄。田中の役は海坂藩の下級武士の娘・野江で、最初の嫁ぎ先では夫に病気で先立たれ、再婚した相手は、生き方に芯のない下品な相手という設定。姑にもいじめられて決して幸せではない。あることがきっかけで離縁され、実家に戻った野江は穏やかな日々を過ごしながら、その後の人生を主体的に生きたい、と思う。ボーとしているようだが決して弱くはない。そんな役をいい感じで演じていた。
 映画のなかで田中麗奈が泣くシーンがある。思いを寄せていた武士の母親(富司純子)に優しくされ、涙が噴き出す。耐えに耐え、我慢してきた人生だったが、思ってもいなかった太陽のような温かさにふれ、心の奥底にしまい込んでいた涙が噴き出す。そんな感じだ。
 「マイ・バック・ページ」(山下敦弘監督)のラストで妻夫木聡が泣く、「冬のカナリア」(阪本順治監督)でも吉永小百合が泣く。どちらも噴き出す涙。長い間、じっと耐えていたものが、あることに誘引されて、涙の水脈から涙がポンプアップされて噴き出す。そうした思いに刺激されて、自分も泣いてしまう、ということが結構あった。

 震災から2年と4カ月。何回こうした経験をしたことか。年を重ねて涙腺が緩くなったばかりでもないようだ。最初のうちははばかっていたが、いつの間にか、そのままにするようになった。噴き出す涙を押しとどめることなんて、とても無理だ。女々しいと言われたって、かまわない。ここは開き直って「噴き出す涙」の効用を考えようと思う。

(安竜 昌弘)

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