みんなの心が豊かでのんびりした社会がいい
ともに生きる |
宅間孝行が主宰する劇団「セレソンデラックス」の舞台「くちづけ」は2000年に初演され、小劇場での公演にもかかわらず24000人もの観客動員を記録した。脚本は宅間自身で、うーやんと呼ばれる知恵おくれの男性も演じている。「くちづけ」は昨年、堤幸彦がメガホンをとって映画にもなった。
「ノーマライゼーション」「親亡きあと」「施設から町へ」…。障害を持って生まれてきた人たちをめぐるキーワードが、頭のなかをぐるぐると回る。いくら「障害は人格でなく個性」と声を荒げても、社会や人間の奥底に潜んでいる偏見や差別は根深い。特に効率至上主義、経済優先の世の中になってからというもの、ハンディを持った人たちはさらに、生きにくくなっているのではないか、とも思う。
「くちづけ」は宅間が、10年以上前に新聞の片隅で見つけた小さな記事を元につくった。障害を持った子の将来をはかなみ、親が殺してしまった悲しい出来事。その現実と真っ正面から向き合い、知恵おくれの人たちと、それを取り巻く社会の現実を、等身大できちんと描いている。でも決して暗くない。
埼玉県本庄市のグループホームで営まれる、人間同士の温かい日々。そこには虐待も上から目線もない。ほかの施設だと興奮してしまう入所者も束縛されることがないから穏やかで、町の人たちも温かく見守っている。しかしホームの運営が立ちゆかなくなり、みんなバラバラになっていく。
いくら施設が立派でも、職員の数が多くても、そこに心がなければ成り立たない。いわき市好間町で「工房阿列布」を運営している遠藤節子さんは、ダウン症の息子の成長とともにそれを実感し、自ら施設をつくった。「親がいなくなっても、あの子たちが静かに人生を送れるように」との思いからだった。
本当は、まちなかに造りたかったのだが、住民の反対に遭って断念した。「息子を連れていって一生懸命説明したけど、だめだった。そのときに思ったんだ。理解なんて無理。人里離れた場所でやろうって。それが現実だよ」。遠藤さんが、突き抜けた感じで言っていたのを、いまでも覚えている。
見ようとしなければ何も見えないし、わかろうとしなければわかり合うことはできない…。きっとそういうことなのだろう。
「くちづけ」の主題曲は、熊谷育美がカヴァーした「グッド・マイ・ラブ」。ずっと、そのメロディーが頭について離れない。
(安竜 昌弘)
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