268号 松井のつまずき(2014.4.30)

画・黒田 征太郎

這い上がるために一歩ずつ、泥臭く

 松井のつまずき

 東北楽天ゴールデンイーグルスに鳴り物入りで入団した高卒ルーキー、松井裕樹が二軍行きを命じられた。星野監督曰く「ABCから学んでもらう」。オープン戦では「13イニング連続無失点」と好調だったが、調整段階のオープン戦と公式戦では違うのだろう。肝心の本番では、先発した四試合でいいところを見せることができなかった。いいボールを持っているのだが生かし切れず、独り相撲をとって自滅してしまった、という印象だ。
 高校2年の夏、今治西戦で22の三振を奪って注目されたが、3年の春と夏は甲子園に出ることができなかった。最後の夏。松井は神奈川県予選の準々決勝で、試合巧者の横浜に敗れた。その試合で横浜は、これでもか、というほど松井対策を練った。打者の手元で消えると言われるスライダーの見極め、配球の偏り、投球フォームの崩れなどを詳細に分析し、攻略に成功した。松井は横浜打線から10個の三振を奪ったが、8安打を許して3点を取られた。
 プロ入り後の公式戦では信じられないほど、四球が多い。得意のスライダーは見極められ、力強い直球を投げようとすると力んでボールになる。さらに、苦し紛れに直球でストライクを取りにいって狙い打ちされる、という悪循環。思うように投げられないことで腕が縮こまり、気持ちも萎えてくる。結果、投げることに夢中になりすぎて走者に走られてしまう、そんなことが続いた。あとは自力で這い上がってくるしかない。プロの世界とは、そういうものだ。機会を与えられて結果を出すことができなかった以上、今度は通用するように、二軍で自分を鍛え直すしかない。

 最近感じるのだが、社会が新人に甘すぎる。というより、チヤホヤしすぎる。ちょっといい成績を残したぐらいでスター扱いし、これでもか、というほど光を当てる。そして本人が勘違いし、道を過ってつぶれていく。置かれている環境や相手が違うというのに、自分が一番輝いていたイメージに固執して自分を変えることができない。そうしたケースが目につく。そう考えると、ヤンキースの田中将大は、自分のいるステージをきちんと理解して、いかにステップ・アップしていったかがわかる。
 田中の高校時代の決め球は、切れ味の鋭いスライダーだった。しかしいまは、スプリッターをウイニングショットにしている。プロに入って高校のままでは通用しないと実感した田中はフォーム改造に取り組み、コントロールの精度を上げ、直球に磨きをかけて、スプリッターを覚えた。
 さらに、登板しながらフォームや指先を修正し、コントロールミスを減らす方法も身につけた。高みをめざして進化していくためにはどうしなければならないかを突き詰めて考え、その努力を怠らないこと、それが田中の真骨頂なのだろう。
 さて松井。自分を見直すいい機会を与えられたと思うべきだ。プロでの4試合を冷静に分析し、何が通用してどこがだめだったかを自分がきちんと理解しなければならない。そのうえで、自分はどう変わっていくべきかを考える必要がある。
 高校生がプロになったのだ。弱いところを突いてくる。だから投球だけではなく、けん制もカバーリングもしなければならない。最初のつまずき、失敗を次の機会にどう生かすか、松井のこれからはそれにかかっている。泥臭く、一歩ずつ、自分を見つめ直して努力を怠らず、壁を乗り越えていくことが求められる。そして先輩投手陣を実績で押しのけてこそ、本当の意味でのローテーションピッチャーと言える。 

(安竜 昌弘)

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