敗北を軽んじる勝てば官軍思想が日本を貧しくした
悪人になる |
安保法案のことが頭から離れない。「どうしてこうなってしまったんだろう」と考える。ことの始まりは、消え入るように首相を辞めた安倍晋三という政治家が、自民党総裁選でゾンビのようによみがえり、心もとない民主党政権が国民から見放された瞬間からだった。絶対多数の与党には、安倍路線に異を唱える人がほとんどいなくなり、道理や良識が消えた。政府に判断を委ねることが多くなったというのに、「危なくて任せられない」という思いが心のなかで渦巻いている。
24日付の全国紙に、思想家の鶴見俊輔さんと元慶応大ラグビー部監督の上田昭夫さんの死が同時に報じられた。93歳と62歳。ともに「たった1人の悪人」になることを望んで体制と対峙し、もがき苦しみ続けた。でもその言葉とラグビースタイルは、シンプルで堂々としていて、多くの人たちを魅了した。
手元に島森路子さんのインタビュー集がある。なかに鶴見さんとの対談が入っている。1998年のものだ。そこで鶴見さんは「わたしは敗北の力に支えられて生きてきたんです」と言い、「勝てば官軍」の意識が日本の思想をだめにした、と断じている。
「敗戦後の平和日本なんて言っても、負けたからただグルッと180度回っただけの、いつでも勝ったものにくっつく根性でしかないんですよ。奴隷根性による進歩への信仰は、サクセスストーリーの面からだけ物事を積んでいく。正しさの上に正しさを積んで、それがバベルの塔だということにも気づけずにいる」
上田さんのラグビーの原点はタックルだった。160cm60kg。この小さな体で大男たちに向かっていく。監督になってからも慶応伝統の魂のタックルを選手たちにたたき込み、鋼のような勝負強いチームをつくった。勝っても負けてもそこには、慶応ラグビーのアイデンティティーがあった。
さて、参議院での論戦が始まった安保法案。与党のなかで「たった1人の悪人」を志向する議員が出るのか。しっかりと見たい。
(安竜 昌弘)
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