304号 大分のラジオ(2015.10.31)

画・黒田 征太郎

原発問題を電波に乗せる大変さを実感

 大分のラジオ

 縁もゆかりもない大分のラジオ局から出演依頼のメールが届いた。電話でのインタビュー、しかも生放送だという。そこには朝日新聞の「ひと」欄を読んだこと、九州では東日本大震災や原発事故のことなど、なかったようなムードが漂っていること、だからこそ福島の現状を伝えてもらいたい、と記されていた。
 遠い大分を思う。別府、湯布院、宇佐神宮、福沢諭吉(中津)、村山富市元首相(大分)、ジャーナリストの筑紫哲也さん(日田)…。映画「男はつらいよ」のロケ地としても何回か使われているし、大林宣彦監督の「22歳の別れ」は臼杵が舞台だった。
 大分に原発はないが、九州と言えば、国内で唯一動いている川内(鹿児島)があり、再稼働の準備をしている玄海(玄海)がある。そして何よりも、知事が再稼働を認めたばかりの伊方(愛媛)は海を隔てているとはいえ、大分市の佐賀関から45kmの距離にある。ということは、編集室があるいわき市平と福島第一原発の距離とさほど変わらない。
 あの事故のあとに福島第一原発で働いていた作業員が白血病になり、労災が認められたこともあり、原発とはいかにリスクが大きいものかを、少しでも知ってもらいたいと思った。放射能は九州とか四国とか、人間や企業が線引きする枠を超えて影響を与える。福島の事故は決して他人事ではない。だから少しでも関心を持って、と伝えたかった。しかし…。
「日々の新聞」についての当たり障りのない放送が終わったあと、担当者から電話が来た。これからも定期的に福島の現状を知らせてほしい、と言う。「いいですよ。わたしでよければ」と答えたあと「伊方原発は距離にすると近いんですね。もしものことがあったら、のほほんとしていられませんよ」と水を向けたら「あのですね、原発問題は電波に乗せにくいんです」と、やんわり釘を刺された。暗澹たる気持ちになった。
 社会は何事もなかったように動き続けている。でも、あきらめない。福島で暮らす者が発信しなければ、何も始まらない。

(安竜 昌弘)

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