307号 約束(2015.12.15)

画・黒田 征太郎

亡き友の人生を1冊にまとめ母に贈る誓い

 約束

 NHKの福岡発地域ドラマ「ここにある幸せ」のテーマは、約束。福岡県福津市の津屋崎が舞台だ。玄界灘の海が美しく、古い町並みは趣がある。
 小学校の時に、男の子が転校してきて仲良くなる。少したってその子は父の故郷・津屋崎に戻ることになり、遊びに行くことを約束する。でも結局は行けず、それが心の片隅に引っかかったまま大人になる。
「作家になる」という目標を持ちながら思うに任せず、人生に行き詰まったときふと、男の子のことを思い出し、津屋崎を訪ねる。実家へ行ってみると、老いた母親がひとり暮らしをしていて、友だちはとっくの昔に亡くなっていたことを知る。
 主人公は松田翔太、男の子の母親が宮本信子。「ちゅらさん」の岡田惠和が脚本を書いた。子どものころに大切にしていた「たから箱」が出てきて、忘れていた少年の心を思い起こさせてくれるようなドラマだった。
 子どものころからの友だちは、会った瞬間にあのころに戻ることができる。年を重ねているとはいえ、利害関係がないせいか、素直になれる。先日、そんな時間を持った。「連絡しなければ」とずっと気になっていた友だちに電話をし、夕暮れの小名浜港を眺めながら話した。お互いに近況を語り合ったあとは、あのころの思い出話が次から次に出てきた。心が洗われるようなひとときだった。
 ドラマの主人公は、友だちの家に泊まり込んでひとりぼっちの母に津屋崎を案内してもらい、抱きしめたくなるような人生を聞かされる。それを文章にして津屋崎の和紙に印刷し、津屋崎でつくられた材料で綴って本にする。すべてがメイド・イン・津屋崎。津屋崎を訪ねて人と出会い、滞在して美しい景色を見ながらその空気を吸い、風に吹かれて完成した。世界に1冊しかない、友だちの母への極上のプレゼントだった。
 実は、はたさなければならない約束がある。ことしの1月に61歳で亡くなった友だちの人生をまとめて、ちいさな本にする、という仕事だ。通夜と告別式に参列して、自分の前では見せたことがなかった1面が、たくさんあることを知った。意外だった。世間一般では「不思議な人」「変わった人」と見られていたが、実は心配りの効くとても優しい人間だったことを、あらためて知った
「あの子は世の中のためになったのでしょうかね」と涙した友だちの母。その問いに答えるためにも、さまざまな人から話を聞いてまとめ、かけがえのない1冊にして贈りたいと思っている。

(安竜 昌弘)

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