325号 チェコの女性(2016.9.15)

画・黒田 征太郎

監視や迫害に耐え続けてやっと自由に

 チェコの女性

「関口知宏のヨーロッパ鉄道の旅」を見ている。観光地ではないヨーロッパの田舎の風景、普通の人々の慎ましい日々が映し出される。そして古くて新しい移民問題や国や民族を分断した第二次大戦などの傷が、見え隠れする。
 印象深かったのはチェコの旅。老齢の女性アナウンサー、カミラ・モウチコバさんと会う。ソ連の軍事介入で国営テレビ局が占拠された。周りは銃を持つソ連兵。それでも屈せずに現状を伝え、その後は地下から放送を続けた。
 拘束から監視へ。ビロード革命までの20年間、ビル清掃をしながら生活をつないだカミラさんは関口さんにこう言う。「健全な判断力を持つことが大事。いろいろな間違いも含めて歴史の浅い民主主義を受け止めて。未来はきっと良くなるから」。チェコの女性たちは強い。
 もう1人、歌手のマルタ・クジョバさん。ビートルズの「ヘイ・ジュード」に母国語の歌詞をつけて歌い、介入してきたソ連とそれに屈服した政権に抗議した。レコードは60万枚の大ヒットを記録したが発売禁止となり、持っているだけでも摘発された。映画監督の夫は職を奪われて政権側に下り、マルタさんは娘を連れて離婚。袋貼りの内職で生計を立てたが、その仕事も奪われるほど迫害を受けた。そしてビロード革命。その民主化の波のなかで民衆が口ずさんだのが、「ヘイ・ジュード」だった。
 自由を勝ちとったチェコの人たち30万人がプラハのバツラフ広場に集まった。正面バルコニーに立った47歳のマルタさは何も語らず、身を切るような寒さのなかで「ヘイ・ジュード」を歌い始める。民衆が熱狂で迎えた。
 プラハの春、軍事介入、そして暗黒の20年。それがビロード革命によって解放され、さらに28年が過ぎた。
 平和なチェコで関口さんは電車で乗り合わせた農民から「生活が楽じゃない。共産主義のころが懐かしいよ」とぼやかれる。市民に対する理不尽な摘発も、自由を求める人たちへの検閲、盗聴、拘束がない社会。でもそれが当たり前になってしまうと、こんな言葉も出てくるようになる。
 チェコの女性たちの鮮烈な人生を思い浮かべながら、「気を引き締めないと」と思う。

(安竜 昌弘)

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