388号 友の死(2019.4.30)

画・黒田 征太郎

サザンの曲を聴きながら在りし日を偲び思い出に浸る

 友の死

 このところ、サザンオールスターズの「旅姿六人衆」を車で聴いている。六人衆とはサザンのメンバー(現在は5人)のことで、華やかなツアーのステージを黙々と支えてくれるスタッフに、感謝の気持ちを表している。哀愁を帯びた桑田の歌声が、静かに心に沁みる。

 実は、15日に50年来の友人をなくした。一人暮らしだったので亡くなっていたことに気づかれず、見つかったときには1日が経過していた。血糖値と血圧が高く薬を飲んでいたのだが、あまりに突然のことで言葉を失った。66歳の誕生日を迎えたばかりだった。
 30歳を前にして喉の病気で声帯を失った。でも訓練を重ねて食道から声を取り戻した。そのあと勤めていた会社がなくなり、1人で家にいるようになった。ときどき訪ねては近況を語り合っていたのだが、「そもそも引っ込み思案なのに、勤めに出なくなったら、どんどん内にこもってしまうのではないか」と心配し、「毎日でなくてもいいから、仕事を手伝ってくれないか」と無理に頼み込んだ。もしかしたら余計なお世話だったかもしれないのに、何も言わずに力を貸してくれた。それからもう、15年以上になる。
 ひと月に10日ぐらい出て、購読者と広告協賛者の名簿を管理し、お金の出し入れをチェックして、新聞を発送するための宛名シールを作る。椅子が壊れたら直し、魔法の緑の指で弱った草花をよみがえらせる…。その仕事は丁寧できちっとしていた。いても邪魔にならないが、いないと寂しい。そんな存在で、このままずっと身近にいて、老いと向き合いながら一緒に歩んでいくものだと思っていた。その死がいきなりだっただけに後悔にさいなまれ、ただ呆然と立ち尽くし、落ち込んでいる。

 「旅姿六人衆」は「ごめん、おれが悪かった」という桑田の言葉から始まる。そして、
 喜びや夢ばかりじゃない/つらい思いさえ/ひとりきりじゃ出来ぬことさ/ここにいるのも/お前が目の前にいるならいい…
 という歌詞が続いていく。
 「ぼくの天文台」の粥塚伯正さんは若いころからの仲間。落胆する姿を見て「ドナルド・キーンさんが最後に残るのは言葉だ、と言っていた。残り少ない時間でやるのは、書くことだよ」と元気づけてくれた。しっかり胸に刻みたい。

(安竜 昌弘)

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