仲間たちとめざし続けた甲子園へ続く道
「令和の怪物」のこと |
高校野球予選が佳境に入っている。「令和の怪物」という称号を与えられ、全国的に注目されている剛速球投手・佐々木朗希(大船渡)のことを書きたい。大船渡は準決勝で佐々木が力投、15奪三振を奪って5—0と一関工を完封し、決勝に進出した。しかしこの大一番で、佐々木がマウンドに上がることはなく、花巻東に敗れた。
大船渡高校は35年前に春と夏連続で甲子園に出場(春・四強、夏・初戦敗退)したことはあるが、それ以外、目立った成績はない。前身は農業系の県立高で、この春は国公立大学に約70人が合格している。
注目したいのは、佐々木が大阪桐蔭など野球名門校からの誘いに応じず、中学時代の仲間たちと地元の県立高校に入学し、甲子園をめざしたということだ。昨年、甲子園で準優勝して旋風を巻き起こした吉田輝星(日本ハム・金足農出身)もそうだった。
佐々木は陸前高田市出身で、9歳の時に3.11で被災、父と祖父母を亡くした。兄の影響で野球を始め、中学時代に東北大会で準優勝をはたす。当時から140kmのスピードを誇り、先ごろ、全日本合宿に呼ばれ、高校生としては最速の163kmを出して、注目された。189cmの長身から足を高く上げて投げ下ろすフォーム。ずっと成長痛に悩まされていたこともあり、無理せずに使われてきた。映像を見た感じでは、直球でぐいぐい押すのではなく、変化球を交えてすいすいと投げる。制球もまとまっていて、クレバーな印象を受けた。
敬愛する高校野球指導者の助川隆一郎さん(故人)がかつて、ぽつんと言っていた。「この地区の子どもたちが大人の意向など関係なく自分たちで話し合い、自然に同じ高校に入って甲子園をめざすことが一番いい。そんな日が来るといいな」。
福島県は夏の県予選で聖光学院が12連覇中だ。メンバーには、いわき出身者も結構いる。全国規模で中学生たちが私立の野球校をめざす風潮のなか、金足農や大船渡のあり方は、一服の清涼剤のようにも思える。
都立高校から甲子園をめざし、その取り組みを『甲子園の心を求めて』という本にまとめた佐藤道輔さんは、部員全員に同じ練習をさせ、「全員野球」の理念を貫いた。その精神は教え子たちに受け継がれ、脈々と生き続けている。「高校野球とは」をあらためて考えたい。
(安竜 昌弘)
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