405号 お帰り、寅さん(2020.1.15)

画・黒田 征太郎

この映画は寅さんへのオマージュで鎮魂歌だ

 お帰り、寅さん

 学生のころ、新宿区の小滝橋にある古い木造アパートに住んでいた。最寄り駅は高田馬場。大学まで1時間以上かかることもあって、よく自主休講を決め込んだ。そんなときは決まって、歩いて行ける高田馬場パール座か早稲田松竹で映画を見た。
 何に悩んでいたのかは、わからない。東京には、地方出身大学生の居場所というのが、あるようでない。友だちだって、しょっちゅうつきあってくれるわけでもない。そのうえ、引っ込み思案と来ている。おそらく寂しかったのだろう。そんな、鬱々とした気分を救ってくれたのが「男はつらいよ」の寅さんだった。ラストシーンの青空を見ると、いつも心が晴れた。
 楽しみにしていた「男はつらいよ お帰り寅さん」を見た。第1作が公開されて50年、今回が50作目だという。渥美清さんが亡くなって24年。その間に、おいちゃん、おばちゃんなどが鬼籍に入った。マドンナたちも、ずいぶんいなくなった。と同時に、さくらも博も満男も観客たちも年をとった。
 「男はつらいよ」は筋書きがほとんど同じなのだが、何回見ても飽きない。年とともに見方が変わり、新しい何かが見えてくる。味わい深くてほろ苦く、押しつけがましくない。時代とともに失ってしまった人情や風景などを通して、現代をも照らしてくれる。だからいまだにファンが多いのだろう。
 寅さんが得意とするのは、社会的地位の高い学者、芸術家、若者、テキ屋の仲間たち、そして玄人の女性。屈託なく、車寅次郎として本音で接することができる。逆に苦手なのが麗しき女性たち。特に、お嬢さんタイプには、からっきし弱い。
 大人げなくて純情で、忖度なんて関係なし。相手がだれでも、歯に衣着せずに、思いをまっすぐにぶつける。「寅さんみたいに自由で正直に生きられたら」と、何回思ったことだろう。
 「お帰り寅さん」の幸せな時間をともにした人たちのほとんどは、中高年だった。繰り返し見ているらしく、回想シーンでの反応が早い。みんな、クスクス笑いながら、寅さんの温かい世界に浸っていた。
 ラストシーン。マドンナたちが次から次へと登場する。八千草薫、藤村志保、太地喜和子、京マチ子、大原麗子…。タコ社長も御前様も輝いている。そう、この映画は逝ってしまった人たちへのオマージュであり、鎮魂歌なのだ。そして、そのど真ん中に寅さんがいる。

(安竜 昌弘)

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