417号 ヤマボウシのこと(2020.7.15)

画・黒田 征太郎

身近な小宇宙のシンボルツリー。でも花が咲かない

 ヤマボウシのこと

 家の周りに猫の額ほどの庭がある。倒壊の恐れがあった古い家を壊し、砂利を敷いて車を停められるようにしたのだが、2カ所ほど土を残してもらった。
 わたしが住んでいるところは海がすぐ前なので土が少なく、プランターや植木鉢で草花を育てている家が多い。土の帯ができたので「さてどうしたものか」と考え、プランターや鉢植えにしているものを地植えにした。ワスレナグサ、ミヤコワスレ、ハナカンザシ、スズラン、シュウカイドウ…。大きな鉢に植えてあったバイカウツギやウメモドキも植え替えた。 
 でもまだまだ余裕がある。そこで2カ所に1本ずつ新しい木を買って、シンボルツリーにしようと考えた。葉の緑と清楚な白のコントラストに魅力を感じて、ヤマボウシとナツツバキを植えた。それから2年になるのだが、ヤマボウシもナツツバキも、まったく花をつけてくれない。鉢から移したバイカウツギは「これでもか」というほど白い花が咲き誇ったというのに、肝心の2本はさっぱりだ。
 いまは亡き足田輝一さんが40年前に「アメリカからサクラの返礼として送られてきたハナミズキは公園のあちこちで見るようになったのに、日本育ちの親類であるヤマボウシの方は庭木にもされないし、いっこう人々に知られていない」と嘆いている。いまではハナミズキの並木だらけだし、ヤマボウシもよく庭で見られる。足田さんも、あの世からその光景を見て、喜んでいるのではないか。
 ヤマボウシは、その姿から「四照花」という漢名を持つ。4枚の白くて大きな部分は花びらではなく苞で、その姿が頭巾を被った山法師に似ているから、その名がついた。もちろん、足田さんの『雑木林通信』からの受け売りだ。
 何年か前、栃木県那須町のお堂で中村敦夫さんの朗読劇が行われた。ドリアン助川さんも来ていて、地元の人たちと、屈託なく交流していた。そのすぐ近くにヤマボウシの大木があり、清楚で堂々とした姿が、いまも忘れられない。
 新型コロナ禍で、全国の感染者の数をチェックする習慣がついた。まだまだ先が長そうなので、慎重に行動しなければならない。遠くに出かけられない分、身近な小宇宙に目を向けることが多い。できるだけ近くを散歩して花を愛で、庭の雑草を取り除く。そしてヤマボウシに「来年こそ咲いて」とささやく。

(安竜 昌弘)

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