419号 斉藤哲夫のこと(2020.8.15)

画・黒田 征太郎

沈みがちな心を洗い流してくれる明るく弾んだ歌声

 斉藤哲夫のこと

 一気に夏になった。急激な気候の変化に体がついていけず、体調を崩した。粥塚伯正さんの急逝もこたえたのだと思う。こんなときには、斉藤哲夫を聴く。「グッド・タイム・ミュージック」「吉祥寺」「さんま焼けたか」…。この、歌う詩人からは、ずいぶん元気をもらった。
 2011年の2月下旬だったか3月の初めだったか。斉藤さんが野澤享司さんと一緒に、いわきでコンサートをした。その日2人は、海辺にある蟹洗温泉に泊まったのだが、何日か後に震災があって、施設は津波に襲われてしまう。危なかった。
 福島はこのあと、放射能禍に巻き込まれ、ガソリンを入れるのに何時間も待たなければならなくなった。まだ寒かったのでエンジンをかけて車内を暖め、CDをかけながら本を読んだ。身も心も疲れていて音も活字も入っていかない。そんなときに救ってくれたのが、斉藤哲夫の音楽と勝川克志の漫画だった。
 震災が起こるなんて、頭の片隅にもなかったあの日、客がほとんどいない寂しいステージで、斉藤さんと野澤さんは心を込めて歌った。外に出たら寒かったが、こころは温かかった。先日亡くなった粥塚さんも、そんな斉藤さんが大好きだった。斉藤さんの曲が流れる行きつけの店で、酒をちびちび飲みながら、いろんな話をしたものだ。

 いつになく/心沈んでる/ふさぎがち/うす曇り空/君に/グッド・タイム・ミュージック/心の中まで/グッド・タイム・ミュージック/洗い流してくれる/あの歌

 コンサートの最後、「リクエストをどうぞ」と斉藤さんが客に促すと「ピカピカ」(いまのキミはピカピカに光って)と、だれかが言った。宮崎美子のCMでヒットした、最も斉藤哲夫らしくない曲。しかも作詞は糸井重里、作・編曲が鈴木慶一だ。斉藤さんが「いやあ、ピカピカは…」と固辞したがほだされ、渋々歌った。連れの女性が「ここは『吉祥寺』じゃないの」とたしなめても、あとの祭りだった。結局、「吉祥寺」は聴けずじまいだった。 
 吉田拓郎が歌っていた「されど私の人生」が斉藤さんの曲だと知って、存在を意識するようになり、詩やメロディーが少しずつ血液に同化していった。コンサートのあと立ち話をして、携帯電話の番号を教えてもらったのだが、いまだにかけられないでいる。

(安竜 昌弘)

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