456号 「東京自転車節」のこと(2022.2.28)

画・黒田 征太郎

 

コロナ禍に戸惑う二年前の東京が
自転車の目で映し出されている

 言葉のつぶて

 コロナ禍で旅行に行けなくなり、家で映画を見ることが多くなった。日本映画チャンネルではさまざまなドキュメンタリーを放映していて、つい見入ってしまう。最近見たのは、青柳拓さんが自らの体験を映像にした「東京自転車節」。2020年の春、安倍総理がコロナで緊急事態宣言を出した前後の東京が、蟻の目で映し出されている。
 青柳さんは山梨県市川三郷町の市川大門出身。日本映画大学の卒業制作「ひいくんのあるく町」(2017年)が注目され、デビューした。「東京自転車節」は地元に帰って運転代行のアルバイトをしていた青柳さんがコロナで仕事がなくなり、東京に出稼ぎに出て「ウーバーイーツ」(食べ物の宅配代行)を始める、という内容だ。
 奨学金550万円をまったく返せずに返還催促の電話が来るなか、市川大門から東京の新宿まで、135㎞を自転車で向かう。その時点での所持金は8千円ちょっと。ひたすら配達を繰り返してもせいぜい1日1万円なのに、頼みの綱の自転車がパンクし、スマートフォンを落としてガラスを割ってしまう。その修理代が計2万5千円。踏んだり蹴ったりの日々なのだが、決して暗くない。コロナ禍での「新たな日常」が等身大で描かれている。
 デビュー作「ひいくんのあるく町」は知的障害を持つ市川大門の有名人、渡井秀彦さんの日常を描いた。人口が減ってシャッター街になっていく商店街。そんななか、「ひいくん」こと渡井さんは町の人々に見守られ、愛されて自由で豊かな日々を送っている。町の姿は変わっても、人は変わらない。だから町のよさは変わらない。青柳さんは進学のために市川大門を離れ、そのときに自分が生まれ育った町の本当のよさを知ったという。カメラの眼差しが温かい。
 「東京自転車節」ではお金が入ると使ってしまい、ついには食事をするお金さえもなくなる。最初は友だちに居候させてもらっていたが、ずっとというわけにはいかない。そんなとき、町で話しかけられたおじさんから、ホームレスの人たちのための施設があり、百円払えば1時間いられて食事が無料。しかも食べ放題だと教えられる。東京五輪前、しかもコロナの恐怖にざわつく東京が、そこにある。
 青柳さんがそんな生活を送っていたときからもう2年。政権は安倍、菅、岸田と代わったが、コロナの窮屈な日々はまだ続いている。

(安竜 昌弘)

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