458号 若隆景のこと(2022.3.31)

画・黒田 征太郎

 

わくわくしながら若隆景の相撲を見る
醸し出している昭和の力士の匂い

 若隆景のこと

 大相撲の若隆景の取り組みをわくわくしながら見ている。福島県出身ということもあるが、その取り組みスタイルや立ち居ふるまい、所作がいい。足が短く土俵に根が生えたような低い姿勢は、かつての若乃花や栃錦を思わせる。筋肉質の体型で、メディアは早くも「横綱・千代の富士の再来」ともてはやしているが、それは違う。脱臼癖があったために徹底的に筋肉を鍛え、腕力の強さで勝負していたのが千代の富士だとすると、若隆景は強烈な左右の押っつけで前に出る正攻法の取り口。182㎝、130㎏と決して大きくない身体だというのに、理詰めで力強い。だから安定感がある。
 若隆景の本名は、大波渥(おおなみあつし)。祖父が小結・若葉山、父は幕下・若信夫という相撲一家で、兄2人を追って小学1年生から相撲を始めた。学法福島高校から東洋大学に進み、4年のときは副主将として部をまとめた。全国学生相撲選手権の2週間前に右足首の靱帯を断裂して手術を受けたというのに出場し、団体戦で見事に優勝。個人も準優勝という成績を収めた。これが、いかにも若隆景らしい。
 大相撲はずっと、モンゴル勢の台頭が続いてきた。その代表が綱をしめた朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜、照ノ富士などだが、これ見よがしの朝青龍の土俵態度や、傲慢で手段を選ばない白鵬の相撲内容に眉をひそめてきた。国技として培われてきた格式や様式美が損なわれたようで、悲しかったのだと思う。そこに、渋く控えめに登場したのが、若隆景だった。 
 闘志を内に秘めて感情を出さない。しっかりと仕切り、きちんと手をついて相手が立つのを待つ。立ち会えば鋭く踏み込んで前まわしを取り、低い姿勢から押っつけて相手を浮かせてしまう。そして寄り切る。勝ち名乗りを受けるときは、きちんと作法に則って手刀を切る。実にすがすがしい。
 若隆景には現役力士の兄が2人いる。若隆元(幕下)と若元春(幕内)で、ともに荒汐部屋に所属している。東日本大震災のときには、すでに長兄の若隆元が荒汐部屋に入門していたこともあって、当時高校生だった若隆景と次兄の若元春は1カ月にわたって荒汐部屋で避難生活を送った。

 かつて相撲は、野球やプロレスとともに、数少ない大衆娯楽として茶の間をにぎわせていた。夕方になると近所の常連さんが集まってぶつかり合いに一喜一憂していた。季節によってサツマイモやトウモロコシ、スイカが振る舞われ、そこには必ずちゃぶ台があった。若隆景には、その時代の力士たちの匂いがある。

(安竜 昌弘)

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